episode 300 「小さな町コリン」
レヴィを退けたジャンヌたちは神殿の一角で休憩をとっていた。フェンリーとワルターは既に目を覚まし、各自で傷の手当てを行っている。ジャンヌを助けようと飛び出したローズら三人はいまだに目を覚まさず、ジャンヌが必死の看病を行っている。しかし、そこにいるはずのゼロの姿はどこにもなかった。
ゼロはレイアを抱え、近くの町を目指していた。
「お、重くないですか?」
ゼロの背中でレイアが少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。
「問題ない」
ゼロは背中の適度な重さに心地よさを感じる。
ジャンヌの話によると、この辺りにはコリンと呼ばれる町があるらしい。さほど大きくは無い町だが、医療施設くらいはあるだろう。
「もう少しの辛抱だ。きっと良くなる」
抉れたレイアの肩の血がなぜか止まっていることに疑問を抱きながらもレイアを励ますゼロ。
「はい!」
レイアは元気よく返事をする。
コリンには二時間ほどで到着した。すぐに医療施設を探すゼロ。幸いすぐに見つかり、レイアを預ける。
「これは酷い傷だ。痛むだろう?」
医者はレイアの傷を診るなりそう呟く。
「だけど血が止まっているね、これは君の加護かい?」
レイアは小さく頷く。
「はい、ですがわかりません。なぜわたくしがこのような力を扱えるのか……」
複雑な表情をするレイア。
「そうかい、でも今はその力に感謝しなくちゃならない。その力がなかったら危なかっただろうね」
医者は手際よく処置を済ませる。
「しばらくは安静にすることだ。週に一度はここに来なさい。君、ちゃんと守ってやるんだよ」
医者はゼロの肩をポンと叩く。
「ああ、恩に着る」
ゼロは深々と頭を下げる。
「しかし、君もすごい傷だね。治療していくかい?」
ゼロの体を触って違和感を覚えた医者が声をかけてくる。
「いや、あいにく持ち合わせがなくてな。俺は大丈夫だ」
組織に属していた頃から怪我は絶えなかった。存在を知られてはならないゼロたちは通常の施設での治療は受けられず、その度に自分で処置をしていた。その癖がいまだに抜けず、多少の怪我であれば施設での治療は断っていた。
ゼロは丁重に頭を下げ、施設を立ち去ろうとする。するとレイアがいきなり立ち止まる。
「ヴィクトル……さん?」
施設の待合室に座る人物に声をかけるレイア。
「む……」
非常にやつれ、暗い顔をした男が顔を上げる。変わり果てているが、その男は確かに戦僧のリーダー、ヴィクトルだった。
ヴィクトルはレイアの顔をみて目を丸くする。
「れ、レイアさん! 無事だったのだな!」
ヴィクトルは声を張り上げる。表情も幾ばくか良くなる。
誰だ? と言いたげなゼロに説明するレイア。
「この方はヴィクトルさん。以前良くしていただいたんです」
「そうか、俺はゼロだ」
ゼロはヴィクトルに手を差し出す。ゼロから醸し出される負のオーラを若干警戒するが、レイアの笑顔をみてその手をとるヴィクトル。
「よ、よろしくなのだ」
ヴィクトルの話によると、シェイクと共にこの施設に通っているらしい。
「そうですが、ドエフさんが……」
ドエフの死を聞くレイア。それを話す時のヴィクトルの顔は、苦痛に満ちていた。
「そういえばガイアさんはどうしたのですか? 一緒では無いのですか?」
ガイアの名を聞いたとたん、ヴィクトルの表情はさらに苦痛に満ちていく。
「あいつは生きているのだ……あいつだけは!」
ヴィクトルには似つかわしくないほど声をあらげる。
「ど、どうしたのですか?」
レイアは心配そうに尋ねるが、初めて会ったゼロにはなんとなくその理由が理解できた。今まで嫌というほど見てきた、見間違う筈もない。大切な人を殺された者の顔を。
「その名を口にしないでほしいっすね」
背後から声がする。そこにはヴィクトルと同じく戦僧の一員であるシェイクが立っていた。
「ガイアは俺たちの敵っす」
シェイクの細い目がさらに鋭さを増す。その目には憎しみがこもっている。
「ガイアは仲間を……セルバを殺した! 遺体も帝国軍に持っていかれたのだ!」
ヴィクトルは椅子を叩く。レイアは何を言っているのかわからなかった。
「そ、そんな、何かの間違い……」
「間違いなどではない」
レイアの言葉を遮るように男の声がする。それはヴィクトルでもシェイクでもない。診療所の外にはガイアが立っていた。




