episode 30 「レイア」
ゼロは沸き上がる殺意を必死に押さえながらニコルの元へと向かう。
ケイトはそんなゼロのことが心配でたまらなかった。あれほど頼りになった青年はとても恐ろしく、そしてとても儚げだった。
岩場ではたくさんの盗賊たちが待ち構えていた。だが盗賊たちはゼロの顔を一目見るなり、本能的に退く。
手紙の通りニコルは部屋の中で待ち構えていた。
「あら、思ったより早かったじゃない。そんなにお姫様が大切なのかしら?」
どんどん余裕がなくなるゼロ。
「俺は話をしに来たのではない。レイアを渡せ。」
「焦る男は嫌われるわよ?」
ニコルに銃口を向けるゼロ。
「死にたいのか。」
ニコルは眉ひとつ動かさない。
「いいのかしら?私を殺せば盗賊たちは好き勝手に暴れだすわよ?レイアちゃんは勿論、近くの町は全て蹂躙されるでしょうね。」
仕方無く銃をしまうゼロ。
「何が望みなんだ。」
その言葉を待っていたと言わんばかりにニコルは答える。
「私を愛しなさい。」
ポカンと口を開けるケイト。ゼロも困惑する。
「そして私の下僕として盗賊の一員になりなさい。そうすればレイアちゃんは無傷で返してあげる。」
「何を・・・言っているんだ。」
「私はねぇ私の思い通りにならないことがこの世で一番嫌いなの。だからあなたのことは大嫌い。嫌いな人の物って壊したくなるでしょ?」
ゼロの元に近づくニコル。
「壊されたくなかったら私に服従するしかないの。」
ゼロの顎に指を這わせるニコル。ケイトはゼロを助けようと飛びかかるも逆に蹴り倒されてしまう。
「うぐっ!」
「ケイト!」
「じゃりんこは地べたにでも這いつくばってなさい。」
ゼロはニコルを振り払おうとするが、まるで心臓を握られているかのような感覚に陥り、動くことができない。
「大丈夫。何も怖がることはないわ。あなたは私が全てになり、あなたの全てを私に捧げるの。それはとても素晴らしいことなのよ?」
耳元でささやくニコル。その声は直接脳を刺激する。
「俺は、お、前には屈、しない。」
「あら、そう。」
ニコルはゼロの唇を奪う。
瞬間、ゼロの意識は途絶えた。
「初めまして。新しい私の下僕さん。」
ニコルはゼロを連れて、レイアをとらえている牢へと向かう。
「ゼロさん!」
ゼロに気づいて喜びの声をあげるレイア。が、その直後異変に気づく。
ゼロの目が全くレイアの方を向いていない。その目はまっすぐとニコルに向けられている。
「ゼロ君は私がいただいたわ。いい加減身の程がわかったかしら?」
ニコルは勝ち誇った表情でレイアを見下す。
「今さら後悔しても遅いわ。でも安心しなさい。生き恥をさらすことが無いようちゃんと殺してあげる。」
ゼロは何の反応もしめさない。
「せめて最期はゼロ君の手にかかって死になさい。私、優しいでしょ?」
ニコルは指をパチンと鳴らす。ゼロは銃を取り出す。
「はじめて会ったときの事を覚えていますか?」
ゼロは弾を込め始める。
「わたくしは覚えています。殺されそうになったのですから。」
困ったように笑うレイア。
「あのときと似ていますね。」
ゼロは銃を構える。
「あのときはちゃんと自己紹介が出来ませんでしたね。」
ゼロは劇鉄をあげる。
「わたくしはレイア。レイア・スチュワート。ゼロさん、あなたをお慕い申し上げておりました。」
涙をポロポロ流しながら、満面の笑みで最期の言葉を伝えるレイア。
バン!
弾はレイアの頬をかすめて壁にめり込んだ。
「ゼロ・・・さん?」
ゼロはゆっくりと答える。
「確かに、あの時と同じだな。」
ゼロの目には光が戻り、真っ直ぐとレイアを見つめていた。
「そ、そんな!なんでよ!おかしいわ!」
うろたえるニコル。そんなニコルにキッパリといい放つゼロ。
「確かにお前は美しい。並大抵の男ならいちころだろう。だがな、俺は並大抵の男ではない。それにレイアの笑顔より美しいものなど、この世には存在しない。」
レイアは手で顔を覆い、更に涙を流す。
「終わりだニコル。」
自信に満ちていたニコルの顔はみるみる青ざめていく。
「こんなのおかしいわ。間違ってる!私は悩殺のニコルなのよ!?それが何でこんな色気のないガキに!」
「今すぐこの場から消え失せろ。盗賊団も解散させろ。」
「嫌よ!何で男が私に命令するのよ!」
まるで子供のようにわめき散らすニコル。美しく、気高い姿は見る影もなくなっていた。
すると徐々に盗賊たちにかかっていた術も解け始めた。
ウォォォォ!
盗賊たちの雄叫びが岩場にこだまする。
「もう、行きなさいよ。ああなったあいつらはは見境なく人を襲うわよ。」
ニコルは涙を浮かべながらうずくまる。
「お前はどうするつもりだ。」
「さあね。ひんむかれて死ぬまで犯されるんじゃない?」
生きる目的を失ったかのように絶望的な顔をするニコル。
そんなニコルにレイアが手を差しのべる。
「何のつもりかしら。憐れんでいるの?この私を!どこまでバカにするのよ!」
ニコルはその手をはたく。レイアはニコルに優しく話しかける。
「わたくしはあなたが嫌いです。傲慢で、わがままで、自分勝手。でも、あなたがとても綺麗なのは悔しいですが認めます。泣いていてはもったいないですよ?」
「あなた・・・」
ニコルは涙をぬぐい、立ち上がる。
「ゼロ君、あなたがこのお姫様に惚れるのもわかる気がするわ。この子は私にないものを全て持っている。」
目の前のニコルの胸を見て少々複雑な気持ちのレイア。
「行きなさい。野郎共は私が引き受けるわ。」
「任せていいのか。今のお前には少々荷が重いと思うが。」
「誰に口を聞いているの?私はニコル。悩殺のニコルよ。」
ニコルから向けられた笑顔に不覚にもドキっとしてしまうゼロ。
ニコルは服をビリビリに破り、部屋を出ていった。
「野郎共!こんな美女放っておく手はないでしょう?」
ゼロとレイアはのびているケイトを拾って岩場を後にする。
ニコルがどうなったか気になりつつも、なんとかサンバーンまで戻った三人。
「そういえば、あのあとどうなったの?」
ケイトが興味本意で聞く。
「実はほとんど記憶がない。口づけをされたところまでは覚えているのだが。」
答えたあとに自分の過ちに気付くゼロ。
ケイトはどす黒い感情を発し、レイアは失神してしまった。
それから二人は、しばらくゼロと口をきかなかったという。




