episode 298 「魔獣レヴィ」
帝国軍最強がイシュタルだとするならば、最優はレヴィだと誰もが語る。
三剣士と肩を並べる剣の使い手であるイシュタル。それに加えての掌握と回復の加護、一対一でも多対一でも問題なく戦える順応力。それは他の追随を許さない。
イシュタルに唯一対抗できるとしたらそれはレヴィと誰もが答える。イシュタルよりも遥か昔から軍に属しており、不老不死の加護を受けていると噂されている。剣、格闘、術の全てに精通しており、彼の力は計り知れない。普段は温厚な彼だが、怒らせたときは誰にも止めることが出来ない。
イシュタルが死亡した今、帝国最強は間違いなくレヴィだ。そしてその男は今、ゼロたちの前に立ちはだかっている。
「ゼロ君、一応忠告しておくけれど一撃でも攻撃を受けたら即アウトよ」
「ああ、言われるまでもない」
レヴィから放たれるオーラはとても人のものとは思えなかった。
「メイザースを殺し、マリンの手からも生き延びた。ゼロ、俺はお前に興味がある」
ジャンヌから命を狙われているにも関わらず、レヴィは優々とゼロの方を向く。そのような態度をとられつつも、迂闊に踏み込むことが出来ないジャンヌ。
「俺は貴様になど興味はない。だが、貴様がイシュタルを殺したというならば話は別だ」
イシュタルの名を聞いてレヴィの態度も少し変わる。
「わからんな。イシュタルとお前は敵同士だろう。なぜやつの事を聞く?」
レヴィの態度をみてイシュタルを殺害したことを確信するゼロ。
「たしかに俺はあの男に苦しめられた。だが、俺はイシュタルを認めている。返しきれない借りもある」
フェンリーを助けてもらったことを思い出すゼロ。
「返しきれない借りを、本当に返すことができなくなってしまった。どこの誰ともわからぬ貴様によってな!」
ゼロはナイフを取り出し、レヴィに切りかかる。
「ちょっと! 先走らないで!」
ジャンヌが叫ぶが、ゼロは全く聞いていない。怒りと悲しみをナイフに込め、レヴィに突き刺す。
「ゴフッ!」
ナイフをレヴィに命中した。まさか簡単に攻撃が通るとは考えていなかったゼロは少し驚くが、ナイフを抜き、追撃の弾丸をお見舞いする。それら全てもレヴィに命中し、確実なダメージを与える。
「あら、一体どうしたのかしら!」
ジャンヌもこの機を逃すまいとして、レヴィに斬りかかる。レヴィも反応し剣で応戦するが、ゼロにやられた傷が痛むのかジャンヌの動きについていけていない。
「なんだか知らないけれど、このままいかせてもらうわ!」
ジャンヌの剣は完全にレヴィを捉え、その首もとに剣を差し込む。
「終わりよ!」
首をはねた、かと思われた。たしかにジャンヌの剣はレヴィの首に食い込んだ。そして半分ほど内側へと進んだが、そこで突如レヴィの首が肥大化し、ジャンヌの剣を弾き飛ばした。
どす黒い獣へと変貌を遂げていくレヴィ。ゼロはその姿にたしかに見覚えがあった。
「あの時の獣……」
「あら、本当に化け物だったの」
レヴィの姿はメディアの島で見た獣と酷似していた。そしてそれと同時にその強さも思い出される。
「お遊びはここまでだクズども! 捻り潰してやるわ!」
体型だけでなく、口調までも変化するレヴィ。剣を捨て、単純な突進攻撃を仕掛けてくるが、あの鋭く尖った全身の体毛に貫かれたら一貫の終わりだ。
体型に似合わず、猛スピードで迫り来るレヴィ。避けるのは容易な事ではない。それでもなんとか身をかわすゼロだったが、なぜだかジャンヌはその場を離れない。
「何をしている!」
ジャンヌに向かって叫ぶゼロだが、彼女の後方を見て情況を悟る。
「そういうこと」
ジャンヌは五メートルの巨体を前にしても一歩も引かない。なぜなら後ろには大切な妹たちが倒れているからだ。
「くっ!」
レヴィの後ろから攻撃を仕掛けるゼロ。だがナイフはその厚い体毛に阻まれ、銃は弾かれてしまう。
(くそっ! なぜだ! なぜ弾かれる!)
レヴィの体はメディアの島の時と少し形状を変化させていた。ゼロの攻撃を受けたことが影響しているのか、彼の体毛の隙間はさらに狭くなり、弾は到底皮膚まで届かない。
ジャンヌとレヴィの体が接触する。なんとか受け止めるジャンヌだが、じりじりと後退を始める。このままではいずれローズたちの元まで到達してしまう。
「ゼロ君!」
今までに無いほど必死に叫ぶジャンヌ。ゼロはそれですべてを理解し、ローズたちの元へと先回りする。そしてローズ、リザベルト、リースの三人を回収し、離れた場所へと移動する。それを見届けたジャンヌはにっこりと笑い、宙を舞った。
帝国最強の女剣士が散った。




