episode 297 「一難去って」
マリンはムクッと起き上がる。そして自らの額に指を突っ込み、弾を取り出す。
「ふむ、見た目の問題ではない……か」
マリンの姿がもとに戻っていく。そして何事も無かったかのように再びティーカップに手をかける。
「まあいい。時間はいくらでもある。気長に愛を育むとしようか」
マリンは背後に現れた穴を閉じる。
穴は元いた神殿へと通じていた。ひとまず未知の場所へと飛ばされなかったことに安堵するゼロ。だが直ぐにその安堵は間違いだったことに気づかされる。
神殿内は戦闘音が響いていた。マリンの話が本当だとするなら、ここで戦っていたメイザースはジャンヌが倒したはずだ。にも関わらず戦いが続いているということは、メイザースが復活したか、もしくは新たな敵が現れたということだ。そして今回はおそらく後者だろう。
「何だ……この気配は!」
ゼロはとてつもなく大きい気配を感じとっていた。たしかにメイザースの気配も未知で強大だったが、これは遥かに上をいっている。
ゼロは抱き抱えるレイアを見る。血は止まらず、顔も青ざめている。
(クソっ、このまま向かえばレイアを巻き込んでしまう。だが、ここにおいていくわけには……)
レイアは一刻を争う状況だった。早急に処置をしなければ命が危ない。
(ジャンヌがまだ居るはずだ。彼女と協力し、敵を殲滅する。そして彼女と共に行動し、レイアを治療できる施設を探す。今はこれしかない)
ゼロはレイアを部屋の角に残し、自分の服をかける。
「済まない。少しの間、ここで待っていてくれ」
ゼロはレイアを残し、戦場へと向かって行った。
「うっ……」
ゼロが去ったすぐあと、レイアは目を覚ました。ここを離れていてから全く使えなかった加護が復活し、血流を操作することで止血に成功したようだ。
抉れた肩が酷く痛む。もう完璧には治らないだろう。辺りを見渡し、ここがメイザース大神殿だということを悟ると、少し安心して力を抜く。
(ゼロさん、どこへいってしまったのでしょうか?)
少し不安に感じたが、体に残るゼロの温もりで安心する。
(わたくしはここで待ちます。待つのは得意ですから)
レイアは再び目を閉じ、眠りについた。
ゼロは戦場へと急ぐ。近づくにつれ音は大きくなり、戦いの規模が尋常ではないということが伝わってくる。
戦いはレイアを発見した祭壇で行われているようだ。勢いよくドアを開け、中へと進むゼロ。手には銃を構え、万全の体制で挑んだが、その先の光景を目の当たりにし、思わず声が漏れてしまう。
「は……?」
そこでは一人の剣士が場を圧倒していた。
ゼロ自身人形を見るのは初めて立ったが、その剣士とは帝国軍の元帥にして魔の一族、レヴィ。フェンリーやワルター、そしてあとから駆けつけたと思われるローズ、リザベルト、リースの五人は既に床に転がっている。そしてジャンヌまでもがレヴィを相手に苦戦を強いられているようだった。
それだけではない。レヴィの手には見慣れた剣が握られていた。
「エクス……カリバー」
帝国最強の兵士、イシュタルが持つはずの剣がなぜかそこにあった。
(なぜだ……まさかイシュタルが敗北したとでもいうのか?)
ジャンヌはゼロの存在には一切気がついていない。目の前の相手で精一杯のようだ。
「ジャンヌ、前々からお前の力には興味を持っていたが、まさかここまでとはな。正直驚かされた、お前なら間違いなく元帥の座につけるだろう。ま、それももう叶わぬ話だが」
ジャンヌはレヴィの攻撃に防戦一方だった。妹を二人も傷つけられ、冷静ではなかったとはいえレヴィの力は完全に彼女を越えていた。
「あら、私はあなたの力をきちんと見極めていたわよ? まさか帝国を裏切るとは思っていなかったけれど。その剣もイシュタル元帥の遺体から抜き取って来たのでしょ? 一応言っておくけれど、それ重罪よ?」
ジャンヌが斬りかかるが、レヴィは容易くそれを受け流し蹴りを加える。あれほど頼もしかったジャンヌの体は簡単に吹き飛び、地面を転がる。だがゼロにとってはそれ以上に衝撃的な内容が耳に飛び込んでくる。
(イシュタルの遺体? 遺体だと? まさか……あのイシュタルが死んだというのか!?)
イシュタルの死、それをやったのがおそらくあの剣士だという実感、そしてジャンヌをも凌駕する実力、ジャンヌと共にこの場をのりきるというゼロの計画は破綻した。
「そこに居るのはまさかゼロか? マリンの所に飛ばされたはずだが……」
ゼロに気がついたレヴィが声をかけてくる。ジャンヌもすぐに振り返る。
「ゼロ君、生きていたのね。ということはレイアも?」
「ああ。無事だ」
ゼロの言葉に安堵するジャンヌ。
「だが怪我をしている。ここを抜け、治療する必要がある」
ゼロは覚悟を決め、レヴィに向かい合う。
「奇遇ね。私もそろそろ屋敷に帰りたいと思っていたの」
レヴィはそんな二人を鼻で笑う。
「ふん、いいだろう。二人まとめてかかってこい」
二人は遥か高みの存在へと勝負を挑む。




