episode 295 「マリンVSゼロ」
気を強くもつゼロ。一度マリンの気に飲み込まれてしまえば、二度と戻ってくることは出来ないだろう。
「一つ言っておこう。私は無駄なことが大嫌いだ。そして報酬の出ない労働も話にならない。お主たちを殺したところで私には何のメリットも無い」
マリンから敵意が消える。
「じゃ、じゃあ!」
レイアが嬉しそうな顔を見せた瞬間、隣のゼロの体がバタりと倒れる。
「だが嘘も嫌いだ」
マリンは一歩も動いていなかった。指を少し動かしただけだ。
「ゼロさん!」
叫ぶレイア。ゼロは額から血を流していた。だがその左手は決して離さなかった。
「大……丈夫だ。問題ない」
足をガクガクさせながら立ち上がるゼロ。
(なんだ今の攻撃は。全く見えなかった。超スピードなんてレベルじゃない。体の内側から直接攻撃を受けたかのようだ)
マリンは椅子に腰掛けながら、やる気の無さそうな顔でパチパチと手を叩く。
「やるじゃないかゼロ。今ので気絶しなかったのは誉めてやる。よし、生き残るチャンスをやろう」
そう言うとマリンは両手を開いて前に出す。
「これから十発攻撃を加える。避けてもいいし、もちろん反撃をしても構わない。もし生き残っていたとしたら見逃してやる」
マリンは指をデコピンの形にする。
「ほ、ほんとうですか! ですが……」
喜ぶレイアだったが、すぐ横のゼロを見る。ゼロの体はかろうじて立っているに過ぎなかった。もしさっきと同等の攻撃があと十発来るとしたら、とても耐えきれそうにはない。
「大丈夫だ、心配するな。二人で生きて、ここを出るぞ」
ゼロはぎこちない顔でレイアにほほえみかける。
「随分とおとなしいじゃないか。私の言葉を信じるか?」
「ああ、嘘は嫌いなんだろ?」
ニヤリと笑うマリン。
「確かにそうだ。だがな……」
指を弾くマリン。
「お主を狙うとは一言も言っていないぞ?」
弾かれた指が向いた先はゼロではなくレイアだった。音速を越えたマリンの攻撃を避けることなど到底不可能だった。ゼロの隣からレイアの姿が消える。握った手は離れ、レイアの体は壁に叩きつけられる。
「レイ……ア?」
口から血を流しながらレイアは気を失っていた。攻撃が命中したと思われる肩は服と肉が抉れ、レイアの白い服を赤く染め上げている。もし命中箇所があと数センチ胴体に近かったなら、レイアの腕は吹き飛ばされていただろう。そしてさらに胴体に近かったなら、心臓を貫かれ、一瞬のうちに息絶えていただろう。
「とっさに体をずらしたのか? かろうじて息はあるようだが」
マリンは次の指に力を込める。
ゼロの呼吸が乱れる。だんだんと赤く染まっていくレイアの体を見つめる。
「手、離れてしまったな」
ぷつん
マリンの言葉でゼロの視界が暗くなる。脳が余計な情報を遮断し、目の前の敵にだけ意識を集中させる。
「殺してやる」
「ほう、やってみろ」
ゼロはマリンに飛びかかる。右手に銃を、左手でナイフを握る。銃を撃ちながらマリンに近づき、左手のナイフで喉元を狙う。
それらを一切よけないマリン。なぜならゼロの攻撃はマリンの手前で失速し、一切のダメージを与えられなかったからだ。
「動きは悪くない。組織最強と呼ばれただけの事はある。アーノルトと肩を並べたというのも嘘では無いらしい」
マリンは優雅に紅茶をすすりながらゼロの動きを評価する。だがそれらの言葉はゼロの耳には入らない。銃やナイフが効かないとわかると、直接マリンの腕をつかみ、へし折ろうとする。だがマリンの腕は鋼鉄のように固く、全く動かない。
「女声の腕を無理やり握るとは、なんともデリカシーの無い男だな」
マリンが指を弾く。
「ごはっ!」
ゼロの体が吹き飛び、口から大量の血を吐き出す。内蔵がやられたらしい。
(この攻撃をレイアが?)
痛みを遥かに凌駕する怒りと憎しみが込み上げてくる。
「あと八発」
マリンは次の指を構える。




