episode 294 「二人の選択」
魔族に力を貸せば、それは人類を裏切るということ。そしてその申し出を断れば確実な死が待っている。第三の選択肢だと呑気な事を言い、マリンに戦いを挑むなどもっての他だ。ゼロとマリンの力の差は百年二百年程度では埋められないほど離れており、戦闘すなわち敗北を意味していた。
「ゆっくり考えるといい、茶でも飲みながらな。時間はいくらでもある」
マリンは二人に紅茶を差し出す。とてもおいしそうだが、当然二人は手をつけない。
「レイア、あちらにはジャンヌが来ている。ここへ導くことが出来れば、この状況を打破できるかもしれない」
小声でレイアに伝えるが、例え耳に直接聞こえなくとも考えただけでマリンには筒抜けだ。
「なるほどあの、世界に愛されている娘か。メイザースを葬ったあの娘ならお主らとは違う結末を迎えるだろうな」
メイザースを葬った、マリンのその言葉は二人に衝撃を与えた。
「葬った? 倒したというのか、あのメイザースを!?」
前のめりになるゼロ。レイアもその質問の答えに耳を傾ける。
「ああ、全く戦いにはなっていなかったな。あのジャンヌとやら、あれは間違いなく人類最高峰の戦士だ」
希望が出てきたことを素直に喜ぶ二人。
「だが、あの娘がここに来ることはない。この穴さえ閉じてしまえばな」
マリンは指をならす。すると二人が通ってきた穴が完全に消えてしまう。それはジャンヌがやってこれないのと同時に、二人の退路が断たれたことを意味していた。
「そんな……」
悲観するレイア。ゼロは黙ってレイアを引き寄せる。
「ぜ、ぜ、ぜ、ゼロさん!?」
こんな状況だというのに顔を赤らめるレイア。
「レイア、絶対に離れるな」
ゼロはレイアを抱き寄せながらも、その顔はマリンを睨み付けていた。
「そう睨むな。怯えてしまうであろう?」
心にもないことを言うマリン。
「ここは外とは時間の流れが違う。いくらでも悩むといい。一年でも、十年でも、百年でも」
そういうとマリンは横になり始めた。あまりにも無防備な姿に困惑するゼロだったが、寝込みを襲おうなどという気にはなれない。
「お主らが結論を出すまで、私は愚眠を貪るとしよう」
マリンはそのまま眠りについた。
組織本部で離ればなれになってから様々なことがあった。とても頭では整理できないほどの目にあってきた。それでも今、隣にはゼロがいる。手を握っていてくれている。彼の温もりが伝わってくる。そして緊張と恐怖も。
「大丈夫だ。俺が何とかする」
それでもゼロはレイアを心配させまいと気を強く持っていた。
「たとえどんな結末となろうとも、俺はお前の味方だ。お前の剣となり、お前の盾となろう」
ゼロはレイアの手を強く握りしめる。
不安でいっぱいだった。ワルターやフェンリーに殺されかけた。レイアに恐怖の目で見られた。自分を失いかけた。そして今また失いかけている。自分の、そして愛する人の命を。
「ゼロさん、わたくしはあなたについていきます。あなたが選んだ結末を、わたくしも選びます」
レイアもその手を強く握り返す。
「答えは出たようだな」
二人が決心を固めた瞬間、マリンが目を覚ます。そして答えを伝えたわけでもないのに、マリンは既に二人に対して敵意を向けている。
「お見通しか」
「それでいいんだな?」
短い言葉を交わすマリンとゼロ。
「マリン、俺はレイアを、そしてレイアの生きているこの世界を取る。お前たち魔族の言いなりにはならない」
心を読まれてなお、恐れず、きっぱりとマリンに向かって言い放つゼロ。
「いいだろうゼロ。お主の決心は伝わった。完全にな!」
マリンの魔が部屋の中に充満していく。
「地獄へ葬ってやろう」
ゼロは強くレイアを引き寄せた。もう、決して離さないと。




