episode 291 「さようなら」
メイザースは壁に叩きつけられ、骨が砕け散る。
「こ、なっ!」
体が動かず、地面を這いつくばるメイザース。その隙にゼロは穴の中へと飛び込む。
(今のは……まさか)
僅かに見えた女声の姿を思い出すゼロ。
(済まない、頼んだ)
ゼロはその場を女性に託し、レイアの元へと急ぐ。
「ワルター大佐、久しぶり。あなたも生きていたのね。驚いた」
女性はワルターの肩を叩く。
「ジャンヌ中将、あなたは当たり前すぎて特に驚きもないですよ」
ジャンヌに頭を下げるワルター。
「あら、あなたは氷の人ね。あなたまで生きているなんて、案外やるじゃない」
「そりゃどうも」
フェンリーもあっけにとられながら挨拶をする。
「いきなり現れて随分と無粋な事をするんだね。ゼロは行ってしまったか」
体を粉々に砕かれたにも関わらず、メイザースはもうピンピンしている。
「あら、一応さっきので戦闘不能にしたはずだけれど?」
ジャンヌはメイザースの返答を待たずに再び目の前に踏み込む。
「疾いな。そこのカスどもとは比べ物にならない」
「あら、うれしいわ」
ジャンヌの剣が空を切り裂く。それと同時にメイザースの首が宙を舞う。
「ご免なさいね。一応私の敵はあなたじゃないの」
剣を収めるジャンヌ。メイザースに背を向け、ワルターの方を向く。
「それで、ガイアを見なかった?」
ワルターは口を開けている。しかしそれはジャンヌの戦いっぷりに驚いたからではない。
「中将! うしろ!」
「え?」
ジャンヌの体が吹き飛ばされる。メイザースは体と首を血で繋ぎながらニヤリと笑う。
「油断したね」
ジャンヌは十メートルほど吹き飛ばされて床に叩きつけられる。
「中将!」
急いで駆け寄るワルター。ジャンヌの腕と剣は完全に砕かれ、その機能を失っていた。
目を開けるジャンヌ。まず折れてしまった腕に目がいく。そして次に頬を伝う暖かさに気がつく。
「え」
動く右手で顔を触る。生暖かい液体に触れる。血だ。紛れもなく血だ。
「まだ動けるのか。その点については素直に称賛するが、その剣で、その腕でどうやって戦う?」
首も既につながり、余裕を見せるメイザース。
「ワルター……貸しなさい」
有無も言わさぬ迫力で、半ば奪い取る形でワルターから剣を受けとるジャンヌ。
「あなた、名前なんだったかしら?」
剣の調子を確かめながらメイザースに尋ねるジャンヌ。
「知ってどうする? と言いたいところだが、僕は今気分が悪い。メイザース、この名を刻んで死んで……」
「いけ?」
再びメイザースの頭が宙を舞う。頭だけではない。腕、足、胴体、そのすべてがバラバラに切り裂かれ、神殿内を血で染め上げる。
「バカな! 全く見えな……」
両目を潰されるメイザース。
「あら、首だけでも生きているの? いたぶりがいがあってとてもうれしいわ」
残酷な微笑を浮かべるジャンヌ。ワルターとフェンリーはその殺気に飲み込まれそうになり、近づくことが出来ない。
「お、おいワルター。お前のとこのあの兵士、ヤバイんじゃねぇか?」
冷や汗をだらだらと流すフェンリー。
「そうだね、俺もここまでキレた中将を見たのは初めてだ。だけどこれで……」
そこから先は一方的だった。いくら切り刻まれてもメイザースは再生を続けた。だが、完全に再生する前にジャンヌによって再び切り裂かれる。徐々に再生するスピードは遅くなり、やがて末端の部分は再生しなくなった。
「や、やめ、もうやめ」
体の感覚は既に無く、目も見えない。自らの肉が切り裂かれる嫌な音だけが耳に伝わる。
「メイザース、あなたに良いことを教えてあげる」
グサリとメイザースの脳天に剣を突き刺すジャンヌ。そしてメイザースの耳元に口を近づける。
「顔は乙女の命なの。それをあなたは傷つけた。死んで詫びるのは当然よね?」
ほとんど機能しなくなったメイザースの脳にジャンヌの言葉が響く。
「さようなら、メイザース」
メイザースの脳に電撃が走る。つぶれた目玉が焼かれる。脳は黒焦げになり、メイザースが再生することは二度となかった。
「ふぅ、スッキリした。さ、ガイアを探しましょう?」
ワルターとフェンリーに笑いかけるジャンヌ。その笑顔ほど恐ろしいものを、二人は見たことがなかった。




