episode 288 「手を出すな」
落下していく島を止めることは誰にもできなかった。逆らえぬ力、重力によって島はあるべき場所へと戻っていく。
「ど、ど、ど、どうするんだいフェンリー! こんなスピードで落ちたら俺たちバラバラだ!」
ワルターは慌てふためく。フェンリーも冷静ではいられない。
「と、とりあえずみんな体凍らせとくか!?」
「そんな事をしたら皆粉々に砕け散って終わりだ」
ゼロは冷静に対抗策を考える。
(この化け物、やけに冷静だな。そこまで知能が低いようには見えないが……)
ゼロは倒れているレヴィに目をやる。レヴィは特に慌てる様子もなく、その場を離れる様子もない。
(よほど頑丈さに自信があるのか、あるいは脱出する方法があるのか……)
「おいゼロ! いつまで悠長にしてやがるんだ! 死んじまうぞ!」
隣でフェンリーが必死で叫んでいるが、ゼロはそれどころではなかった。レヴィが何やら不振な動きをしていたからだ。
レヴィは何やら地面に文字を書いているようだ。
「では去らばだカスども。せいぜい島と運命を共にしろ」
レヴィは捨て台詞を残し、地中へと消えていった。
「なっ!」
ゼロは急いでレヴィが消えた地点へと駆けていく。落下中の島はとても不安定で、たどり着くまでに時間がかかってしまったが、そこには確かに穴が開いていた。その穴は島を貫通しているのではなく、どこか別の場所へと通じているようだった。
「フェンリー! ワルター! こっちだ! こっちに抜け道がある!」
急いで二人を呼ぶゼロ。駆けつけた二人はもう大分小さくなってしまった穴を覗きこむ。
「何も見えねぇ」
「ゼロ、この先に行こうって言うのかい?」
二人の顔は不安で満ちている。
「行くしかない。このまでは確実に死ぬぞ」
そう言うとゼロは先頭を切って穴へと飛び込んでいく。飛び込んだというよりは、穴に近づいた瞬間吸い込まれたという方が正しいだろうか、とにかくゼロの体は跡形もなくその場から消え去った。
「行くしかないようだね。生きていられればいいけれど」
「マジかよ……」
ワルターとフェンリーもゼロに続く。二人が穴へと吸い込まれた直後、島は海面へと激突し、バラバラに飛び散った。そして小屋は全壊し、海の藻屑となった。
気がつくとゼロたちは見知らぬ神殿の内部にいた。近くにレヴィの姿は見当たらない。やたらと血の臭いが濃いということ以外は何の情報もない。
「なんとか無事みてーだな」
などと呑気な事を言うフェンリーをゼロが睨み付ける。
「な、なんだよ」
「……」
ゼロは何も答えない。
ゼロの体には確かに刻まれていた。ワルターとフェンリーの二人に攻撃を受けた記憶が。それはメディアの力によるせいなのかもしれない。だが、たとえそうだとしても二人から攻撃を受けたという事実が消えることはない。
(……クソッ)
ゼロはわずかに震える体を押さえつける。
「とにかく出口を探そう。ここはレヴィ元帥の屋敷かも知れないから、慎重にね」
ワルターは先へと進んでいく。
進めど進めど景色は変わらない。まるで迷路のようだ。
「どうやら何かの力が働いているようだね。きっとその力の元を断たないと、ここからは出られないんだろう」
ワルターが立ち止まる。
「やっぱりこっちに進むしかないようだね」
ワルターは進んでいた方向を変える。
「二人とも気づいていたと思うけれど、こっちには何かいる。レヴィ元帥じゃない、もっと別の何かだ」
その方向からは禍々しい空気が流れ込んでいた。これが人から放たれているのだとしたら、その者はどれだけの狂気をはらんでいるのだろうか。
フェンリーは息を飲む。
「な、なあ。壁をぶち抜いて逃げるってのはどうだ?」
フェンリーは壁に手をかける。が、加護が全く発動しない。
「なっ何でだよ!」
何度も何度も壁に手をつけるが、結果は同じだ。
「それなら俺も試してみたさ」
ワルターは壁に剣を突き刺す。が、肝心の雷撃は全く発動しない。
「きっとイシュタル元帥に似た力なんじゃないかな? ゼロ、君もやってみるかい?」
ゼロはそっぽを向く。
「いや、遠慮しておく。弾の無駄だ」
何故ゼロの態度がおかしいのか、全くわからないワルターとフェンリー。充分警戒しながら、気配のする方向へと進んでいく。
その先には大きな扉があった。気配はこの中からのようだ。
「それじゃ、開けるよ」
ワルターが扉を開ける。その先には一人の幼い少年がいた。少年の体は血だらけで、その出血量は明らかに致死量を越えている。なのに少年はピンピンしている。それだけでもこの少年がただ者ではないということを示している。それもそのはず、彼は魔女の第6子、メイザースなのだから。
「何だ? お前たちは」
その言葉でフェンリーとワルターは少年に釘付けになる。だが、ゼロは全く別の方向を見ていた。
「レイ……ア?」
ゼロの視線の先には一人の少女が横たわっていた。少年はゼロの視線に気がつくとニヤリと笑う。
「なんだ、この女の知り合いか? 残念だったな、レイアは僕がもらった」
メイザースはレイアの髪に触れる。その瞬間、ゼロの中で何かが弾けた。
凄まじいスピードでメイザースに近づき、そのにやついた顔面を殴り飛ばす。
「レイアに、手を出すな!!」
ゼロはついに、その手の中にレイアの温もりを感じた。




