episode 285 「レヴィとメディア」
ゼロの体は深い深い海の底に沈んでいった。そこはとても暗く、とても静かで、とても寂しかった。
(ワル、ター……フェン、リー……)
ゼロの意識は消えていく。闇の中へと消えていく。
レイアは目を覚ました。体の節々が痛む。
(血の……臭い?)
辺りからはすさまじいほどの悪臭が漂ってくる。体が起こせないレイアは横目で部屋を見渡す。
「おや? 目覚めたか」
臭いのもとはそこにいた男だった。身体中におびただしい量の血を浴びている。一人や二人を殺害したくらいではこうはならないだろう。
「どなたですか?」
レイアはその男に話しかける。
「ハ! この状況で質問してくるとはな。ずいぶんと肝が座っているな。それともどこか外れているのか……まぁいい」
男は立ち上がり、レイアに寄ってくる。そしてメディアの施したバリアを簡単に破壊し、レイアの髪に触れる。
「俺の名はレヴィ。愚弟メイザースの兄と言った方が分かりやすいか?」
レヴィの血塗られた手からレイアの髪へと血が移動する。
(動けない……)
レイアはまばたきすらすることができなかった。それは使いなれていない加護の反動というだけでは無いだろう。自分とは別次元の存在との接触、蛇に睨まれた蛙の気持ちをレイアは初めて理解した。
「そう怯えるな。危害を加えたりはしない。お前は我々の仲間なのだから」
仲間、レヴィは確かにそう言った。否定しようにも口が動かない。
「せいぜい役に立ってくれよ? 人間の手を借りるなど嘆かわしい事だが、数ではこちらの方が不利なのだから仕方がない」
レヴィはレイアから手を離す。
「俺はこれから妹に会ってくる。どうやら妹も駒を用意したようだからな」
そう言ってレヴィは部屋を出ていく。
「ぷはぁ!」
レイアはたまっていた息をすべて吐き出す。
(メイザースさんのお兄さん? いったい何の話を……)
レイアはようやく動くようになった体を起こし、神殿の中を探索していく。
(ヴィクトルさんたちは無事でしょうか……)
記憶が曖昧だが、ここへはヴィクトル、シェイク、ドエフの三人と一緒に来たはずだった。
(それにしてもこの神殿、まったく人の気配がしませんね)
メイザース大神殿の中は静まり返っていた。人の気配はしないが、血の臭いだけは充満している。
(この感じ……嫌ですね)
レイアはあの時の事を思い出す。肉の焼ける臭いはしないものの、この背筋が凍るような感じはあの時と同じだ。組織の殺し屋、爆殺のバロードによって屋敷の使用人たちが虐殺されたあの時と。
(ゼロさん……無事でいてください)
そしてあの時助けてくれた青年の事も思い出していた。
「あれ? レヴィ元帥じゃないですか!」
レヴィがメディアのもとを訪れると、いきなりワルターが声を上げた。
「ん? お前は……たしかフェンサーだったか。イシュタルからよく話は聞いていたよ、つきまとう小僧がいるってな」
レヴィは少し悲しそうな顔でワルターに言葉を返す。
「ハハ! 結局一度も元帥殿には勝てなかったなぁ。でもいつか土をつけてやりますよ!」
イシュタルの死を知らないワルターは無邪気に笑う。レヴィはその笑顔に少し苛立ちながらワルターを睨み付ける。
「俺が言うのもなんだが、お前は帝国を守護するべき立場の人間だろう? 何故俺たちについてくる?」
レヴィの質問に、ワルターはきょとんとしている。
「何の話ですか? 俺たち?」
「貴様……」
ワルターの態度にレヴィはますます腹をたてる。
「無駄よ、お兄様」
奥からメディアが現れる。手には紅茶のカップを握っている。
「メディア、無駄とはどういう意味だ?」
レヴィはあふれでそうな怒りを押さえ込み、メディアに尋ねる。
「その男には何も説明してないの。その男は私のただの駒。私が命令すれば何でも言うことを聞くわ。現にさっきもゼロとか言う友達を見殺しにしたんですもの」
得意気にメディアが答える。レヴィはゼロの名前が出たとたん、眉をピくつかせる。
「ゼロ? どこかで聞いた名だな」
レヴィは確かにその名に聞き覚えがあった。
(もしや、イシュタルを一度倒したという……)
「メディア、そのゼロは殺したのか?」
「さあ、どうかしら? 生きてはいないと思うけれど」
メディアはフェンリーを指差す。
「お前は?」
レヴィが尋ねると、フェンリーは口に加えていたタバコを宙に投げ、息を吹き掛ける。するとタバコは凍って地面へと落ちた。
「俺はフェンリー。ゼロは俺が凍らせ、海に沈めた」
それを聞いてレヴィはニヤリと笑う。
「そうか、なら生きている可能性はあるということだな。よしフェンリー、案内しろ」
レヴィの言葉にフェンリーは答えずメディアの方を向く。メディアが無言で頷いたのを確認すると、フェンリーはレヴィを連れ、小屋を出ていった。




