episode 284 「つまらぬ表情」
二人は慎重に海水の中を進んでいく。フェンリーの氷のおかげで肩の痛みは緩和されているが、その代わり肩が固定されてしまいうまく泳ぐことが出来ない。
(たっく、世話がやけるぜ)
フェンリーはゼロを掴みながらすいすいと泳いでいく。その泳ぎは超一流で、慎重克つ大胆に進んでいく。
地上ではメディアがいまだに海面の様子を伺っていた。
(沈んでから十分以上経ったわね。流石に生きてはいないと思うけれど、何かしら? この胸騒ぎは)
メディアの姿を不思議そうに見つめるワルター。
「何をしているんだい? メディア。さぁ、お茶にしようじゃないか」
お菓子と紅茶を手に持ち、空中の島から声をかけるワルター。
「ええ、すぐ行くわ」
メディアは微笑みかけながらワルターに手を振る。
(考えすぎはよくないかしら。あのこを捕まえられなかったのは残念だけれど、今はこの坊やを育ててあげないとね)
メディアが海面から目を離しワルターの方を向いた瞬間、海中から氷の槍が飛んでくる。メディアは完全に背を向け、避けることは不可能かと思われた。
実際に避けることはできなかった。かといって先程のようにワルターを身代わりにしたわけでもない。氷の方がメディアを避けていったのだ。
「あら、やっぱり生きていたのね」
海面へと姿を現したゼロたちを、不自然に曲がって砕ける氷の中心で不気味に嗤うメディア。
「フェンリー、何をしている、何が起こった」
横にいるフェンリーを見るゼロ。フェンリーは何の反応も示さない。
「フェンリー?」
フェンリーがようやくこっちを見る。サングラスの奥から覗く目を見て、ゼロは戦慄する。
「フェンリー……」
フェンリーの目は、ワルターのそれと酷似していた。完全にメディアに心を奪われていた。
「わりいゼロ。やっぱりメディアを傷つける事はできねぇや。て、わけで死んでくれよ」
フェンリーは攻撃の標的をメディアからゼロへと変更する。
「くっ!」
ゼロは急いで引き返そうとするがここは海の上、フェンリーから逃げることは到底叶わない。
一瞬のうちに海面は凍りつき、ゼロの体は氷に飲み込まれていく。
「フェン、リー……」
ゼロの意識が途絶える。
フェンリーは完全に凍りついたゼロの上にまたがり、拳を振り上げる。
「じゃあな」
拳が振り下ろされる。氷が砕かれてしまえばゼロがどうなるかは明白だ。
「待って」
メディアがフェンリーを止める。フェンリーの拳は完全に動きを停止し、寸前のところでゼロの破壊は免れる。
「仲間に裏切られ、攻撃され、殺される。そんな時人はとても愉快な顔をするのよ? 見逃すのは勿体ないでしょう?」
そう言ってメディアは嬉しそうにゼロの顔を覗きこむ。が、直ぐにその顔からは笑顔が消える。
「何これ。つまらない顔」
メディアは苦痛に歪んだ顔を求めていた。このような事は過去にいくらでも体験してきた。そして友に攻撃された者の顔はいつでも苦痛に歪んでいた。
しかしゼロの顔にはそれがなかった。まっすぐと前を見つめていた。凍ってしまっているというのに、その瞳に睨み付けられただけで萎縮してしまいそうになるほどだ。
メディアは凍ったゼロの体をポンと蹴る。ゼロの体はそのまま海底へと沈んでいった。
「せいぜいそこで苦しみなさい。もっと苦痛な顔になったら、その時はきちんと殺してあげる」
落ちていくゼロをフェンリーとワルターは感情の無い目で見送った。




