episode 283 「セーフルーム」
ワルターの事を話すフェンリーはとても辛そうだった。そしてゼロ同様メディアには恐怖を植え付けられたらしく、彼女の事を話すときには体が震えていた。
「ここも危険だからそろそろ移動しようとしてたんだ。ラッキーだったな」
フェンリーがゼロに作り笑いで話しかける。
ゼロは改めて建造物の中を見渡す。どうやらすべてが氷で出来ているようだ。
「これはお前が作ったのか?」
不思議そうにゼロが問いかける。
「ああ、海賊だった頃の名残ってやつだ。万が一船が沈没しちまった時のセーフルームってわけだ。海賊に限らず船乗りたちにとって沈没は命とりだからな。こうやって世界中に氷で作った小屋を沈めてんのさ」
フェンリーは自慢げに小屋の壁を叩く。
「それで、これからどうするよ? ワルターを何とかしたいが、ありゃ完全に堕ちてんぜ?」
フェンリーは頭をかきむしる。
「ニコルやイシュタルと似た力のようだが、根源は違うようだな。ワルター自身の意志が残っている。抗えばなんとかなるというものでは無いようだ。やはり、メディアを殺すしか……」
ゼロは自分で言いながら不可能だと思いつつあった。彼女から感じた気配は底が知れず、全く未知の存在だった。それは初めてイシュタルと遭遇した時の感覚に似ているが、それとはまた違った次元だった。
(……おかしい。メディアと対峙し、恐怖で感覚が鈍っているものとばかり考えていたが……やはり感じない)
ゼロの中にはイシュタルに植え付けられた人格が五つ存在している。そのうち二つは取り除いたものの、ヌルをふくめてまだ三つほど人格は残っているはずだった。それらは常にゼロの脳を、体を乗っ取ろうと渦巻いていたというのに先刻からそれらが全く感じられなかった。
(メディアの力に怖じ気づいて逃げ出したとでもいうのか? だがそんな感覚は全くなかった)
険しい顔をしているゼロを心配し、体に触れるフェンリー。
「大丈夫かよ。ひどい顔してるぜ? 傷が痛むのか?」
ゼロの肩はワルターに貫かれた傷のせいでひどく熱を持っていた。このセーフルームでは簡易的な治療を施す事は出来ても、貫かれた肩を直すような道具も薬も技術も無い。この傷で海に出てしまえば非常に危険だ。かといってここに居続ければいずれは酸素が尽きてしまうだろう。いやそれどころかメディアに見つかり、それ以上に惨たらしい結果となるかもしれない。
残された道は一つしかなかった。
「フェンリー、お前の氷で俺の肩をコーティングしてくれ。少しはましになる」
ゼロは肩をフェンリーに差し出す。
「ましになるって……外に出るきか? いや、まさかお前……」
フェンリーはゼロの目が決して逃げる者の目では無いことを悟る。
「メディアを討つ。俺はそのためにここまで来た」
ゼロの意思は固かった。
「冗談はよせ! あの女に勝つ気か!? そもそもなんなんだよあの女!」
メディアの正体を知らないフェンリーは騒ぎ立てる。ゼロとて詳しいことは何も知らないが、知っていたとしても関係はなかった。
「フェンリー、お前に無理に協力しろとは言わない。だが、協力してくれ。俺一人ではメディアを倒せない」
ゼロは地面に膝をつき、フェンリーに頭を下げる。
「お前……まさかレイアがらみか?」
ゼロのなりふり構わない様子を見てピンとくるフェンリー。
「そうだ。俺に出きることなら何でもする。力を貸してくれ」
ゼロは頭を下げ続ける。フェンリーはその様子を見て観念する。
「だれも手を貸さないとは言ってねぇ。俺だってワルターをこのままにしておけるかよ。だけどよ、何の策も講じずに飛び込んだら絶対に死ぬぜ?」
フェンリーがゼロの肩を凍らせながら語る。
「済まない。お前ならそう言ってくれると信じていた」
「けっ! 調子良いぜまったく」
ゼロの手を引っ張り、立たせるフェンリー。
「で? 作戦はどうするよ」
フェンリーが尋ねる。
「必ず勝つ。それだけだ」
澄ました顔でゼロが答える。
「それは作戦とは言わねぇ……いいか、第一優先はワルターの確保だ。最悪ワルターを奪取して逃げても良い。メディアの討伐は二の次だ、分かったな?」
呆れた顔でフェンリーがゼロに告げる。
「わかった。だが、俺はメディアを見逃す気無い」
「本当にわかってんのか? まあ、いい!」
二人は扉の前に立つ。
「行くぞ!」
フェンリーの合図で二人は再び海水の中へと入っていった。




