episode 278 「寄り道」
サンジェロ、ミシェル神殿。ここでは四人の神官たちが去り行くゼロを見送っていた。ゼロはミハイルから受け取った真っ赤な紙を胸のポケットに忍ばせている。
「本当に良かったのですか?」
神官ミシェルがミハイルに問いかける。ミハイルは淡々とその質問に答える。
「ええ。我々がここを離れることはできませんし、彼に行ってもらう他ありません。到底彼ではメディアに敵うはずもありませんがね」
ミハイルの言葉にミゲルも続ける。
「だが彼からは確かにミカエル様の気配が感じられた。何かしらの加護を授かっているかもしれん」
ミゲルの言葉にギロリと睨みを効かせるミハイル。
「あってはなりません。我らが神があのような者に力を与えるなど」
ミハイルの表情に違和感を覚える他の神官たち。いつでも無表情の彼が怒りを見せるなど、滅多に無いことだったからだ。
「それでもメディアは滅ぼさなければならない悪。使えるものはすべて使いましょう」
怒りよりも珍しいものに他の神官たちは更に驚きを見せた。
「笑って……いるのか?」
ミゲルは確かに見た。ミハイルの笑顔、いや嗤いを。
ゼロはミハイルから受け取った紙を見つめる。そこには魔の血族、メディアの潜伏場所らしき島が写し出されていた。見たこともない島だった。おそらく、組織本部と同様の地図に載っていない島なのだろう。
「魔の血族……にわかには信じられんな。本当に存在しているというのか?」
長い間裏の世界に属していたゼロでもその話は聞いたことがなかった。
もちろん十闘神伝説は知っている。当然魔女の事も。だがそれはあくまでもおとぎ話、伝説だ。加護の存在は説明できるものではないが、そもそも十闘神や魔女の存在も説明できるものではない。
(だが、居てくれなければ困る。レイアを助けるために)
ゼロは老人の小屋へと向かう。扉を開けたとたん、老人が怒った顔でゼロを怒鳴り付ける。
「どこへ行ってたんだ! 心配したんだぞ! そもそもそんな足でどうやって! ……どうやって?」
ゼロの平気で立つ姿をみて、怒りよりも驚きがまさる老人。
「加護を……授かったのかい?」
老人の言葉に首を横に降るゼロ。
「いや、だが必ず手に入れる。そのためにも俺は行かなくては。ここには礼を言いに来た」
そう言ってゼロは膝を地面に付け、深々と頭を下げる。
「あなたのお陰で俺は今も生きている。そしてレイアを救いに行ける。感謝してもしきれない。言葉にしてもまだ足りない。今はこれしか出来ない。だが、このご恩は忘れない。俺が生きている限り、あなたの事は忘れない」
ゼロは頭を地面に擦り付けて老人に感謝の気持ちを伝える。
「よしてくれ」
老人はゼロをたたせる。そしてもとに戻った足に付いた汚れをはらう。
「君には君の人生がある。君には君の進むべき道がある。ここは単なる寄り道さ。さあ、元の道に戻るんだ。君を待っている人のためにも」
ゼロに言葉をかける老人の目には涙が浮かんでいる。
「感謝する」
ゼロと老人は強く抱き合う。そのゼロの目にも光るものがあった。
翌日、ゼロは老人の小屋を後にした。
「これは餞別さ」
老人は古びた拳銃をゼロに手渡す。不思議そうな顔をするゼロに説明する老人。
「君の手を見ればわかる。きっと君の役に立つだろう。ちょっと片は古いが……」
ゼロはその拳銃を手に取る。
「いや、よく馴染む。恩に着る」
ゼロは拳銃を空のホルダーにしまい、その手で老人と握手を交わす。
「たまには寄り道しにおいで」
「ああ、また来る。レイアを紹介するよ」
ゼロは旅立った。また、ここから始まる。




