episode 275 「シオンVSジャンヌ」
ジャンヌの突然の帰宅に使用人たちは驚きを隠せなかった。
「お、お帰りなさいませ! お嬢様!」
「やめてよ、自分の家ぐらいゆっくりさせて」
ジャンヌは使用人たちの出迎えを軽く受け流し、客室へと向かう。そこにはリースとセシルの姿があった。期待していた人物ではない者の登場に少し気を落とす二人。
「ごめんなさいね、私で」
「い、いえ」
気まずそうに答えるリース。
二人とも悪い噂は耳に入っていた。組織本部を目指した兵士たちと連絡がつかない。唯一帝国に戻ってきたガイア・レオグールは、一般人を殺害し追放されてしまった。そしてそれからジャンヌが戻ってくるまで、誰一人として帰っては来なかった。ワルターも、オイゲンもレイアも。
「一体、何があったのですか?」
リースが絶望にも似た表情でジャンヌに尋ねる。
「たとえ後悔したとしても話すわ。一応そのためにここに来たのだから」
ジャンヌは自分の体験したすべての事を二人に話した。リースは言葉を失い、セシルは泣き出してしまった。
「そんな! そんな! オイゲンが……う、わあああああ!」
「兄さん……」
ジャンヌはそんな二人を顔色ひとつ変えずに見つめる。
「私の知ってる事はこれで以上。ガイアは他の情報を持っていたかも知れないけれどそれを聞くのはもう難しいしね。最悪の状況はきちんと頭に入れておくことね。その時が来ても取り乱さないように」
ジャンヌは絶望する二人を残して部屋を出る。
(あれだけ偉そうな口を叩いておきながら誰一人救えないなんて……私の方こそ軍人失格ね、ガイア)
ジャンヌは自室へと向かった。そこはがらんとしており、余計なものは何一つ置いていなかった。おおよそ必要とは思えない広いさを持った部屋の中心には、軍服と剣が置いてあった。
「久しぶりね、お前たち」
ジャンヌはジーパンとシャツを脱ぎ捨て、軍服に身を包んだ。胸には数えきれないほどの勲章が煌めき、将官の証である紫色のストライプがいたるところに入っている。ほとんど袖を通していないのか、その服はまだ新品のように新しかった。
ジャンヌはすぐに屋敷を出発した。軍服で出ていくジャンヌの姿は使用人たちを更に驚かせた。
「い、行ってらっしゃいませ!」
「ん」
ジャンヌは軽く返事をし、自宅を後にした。
シオン、リザベルト、ローズの三人は港で待機していた。向こうからやって来るジャンヌの姿を発見したとたん、シオンはそちらに向かって走り出した。
「中将さん! マー君は!?」
「生きているわ。一応ね」
ジャンヌの言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろすシオン。が、すぐに怖い顔へと変貌する。
「あそこまですることないじゃないですか! マー君が死んじゃったらどうするんですか!」
ジャンヌにたてつくシオンをアワアワと見つめるリザベルト。
「な、ナルス少佐! 」
「リズちゃんは黙ってて!」
リザベルトの気持ちなど全く意に介さず、ジャンヌに暴言を吐きまくるシオン。
「だいたいあなたは手加減ってものが出来ないんですか!? 普通なら死んでますよ! マー君怪我してたんですから!」
ジャンヌは黙ってそれを聞く。リザベルトやローズはかえってそれが不安で仕方なかった。
「言いたいことが済んだら出掛けましょ。溜めてしまったら毒だもの」
まさかの言葉に少し戸惑うシオンたち。だがすぐさま心の内をぶちまける。
「じゃあ言わせてもらいます! あなた自分の力がどれ程なのかわかってます!? 自覚ありますか? 大人げないですよ! いつでも余裕な表情しちゃって、そんなんだからアラサーにもなって貰い手がいないんですよ!」
シオンはリザベルトとローズの顔色が変わっていることに、言った後になって気がついた。
「満足かしら?」
ジャンヌの声色が違う。
「は、はい……すみません」
縮こまるシオン。
「いいのよ、謝らなくても。事実だもの……でもね」
ジャンヌの笑顔が怖い。
「いまのはちょっとムカついた」
ジャンヌの強烈なデコピンがシオンに炸裂する。
「あいた!」
シオンの真っ白な額に赤いあとがくっきりと付く。
「あースッキリした!」
満足したジャンヌはそそくさと船に乗り込む。ローズとリザベルトはシオンの肩を持ちながら、それに続く。
「うう……」
「少佐、いまのはあなたが悪い」
リザベルトは呆れ顔で船に乗り込む。
「さ、行き先はテノンよ。きっとガイアはそこに向かった筈だわ」
ジャンヌが元気よく舵をとる。目指すはテノンだ。




