episode 268 「招かれざる怪物」
村の人々は無事皆避難したようだ。シオンを先頭とした数十人が被害を食い止めるべく、マグマに立ち向かっていた。
いずれこのマグマは村を飲み込み、帝都へと流れ着くだろう。そうさせないためにシオンたちは死と隣り合わせの状況で奮起していた。
「どうすれば……そうだ! 火を消すには水! そして水は私の氷を溶かせばいい!」
早速大量に氷を作り出そうとするシオンの肩を掴むガイア。
「そんな事をしては、かえって危険だ」
「レオグール准将!」
シオンは満面の笑みを浮かべる。ガイアの到着で他の兵士たちも活気を取り戻す。
(リズちゃん、うまくいったんだ!)
剣を抜くガイア。シオンはその行為に目を輝かせる。
「そうか! ダインスレイヴの力でマグマを吸い取るんですね!」
「不可能だ。仮に可能だとしても吸収できる距離まで移動すれば俺の体がもたない」
しゅんとするシオン。上目遣いでガイアを見る。
「じゃあ、どうするんですか?」
ガイアはその問いかけに答えるように近くの木を切り落とす。
「自然に返す」
ガイアの答えにきょとんとするシオン。だが他の兵士たちはガイアの行動の意味をくみ取り、同様に木を切り落としそれを組み始める。
「木で通路を作り、溶岩を海へと誘導するんだ。班を二組に分け、片方はここで俺と溶岩の誘導。もう片方はナルス少佐と共に移動先に向かい、避難の遅れた人間や障害物が無いか確認し対処せよ」
ガイアが兵士たちに指示を出す。その姿は先程までの私怨にまみれた姿とは違い、帝国軍准将としての立派な姿だった。兵士たちはガイアに素直に従い、各々の任務を全うする。
「それでは准将! 行って参ります!」
シオンはガイアに向かって敬礼する。
「頼んだぞ少佐」
ガイアは傷だらけの手でシオンの敬礼に答える。シオンは嬉しそうに笑いながら兵士の半数を連れて海の方へと駆けていく。
「さて」
刻一刻と迫るリミット。村までマグマが到達するまでもう何分もない。兵士たちもその事は理解しているようで、顔が曇ってくる。恐怖感と不安感。どうしても死の一言が頭に浮かぶ。
「安心しろ。お前たちには俺がついている」
ガイアのその一言で、兵士たちの負の感情はすべて吹き飛んだ。目の前で指揮をとっているのは、帝国軍指折りの兵士だ。これほど頼もしいものはない。
ガイアの指先、ガイアの足先、ガイアの剣先、ガイアの目線、そのすべてに集中する兵士たち。
「必ずここで食い止める! 我々の帝国は我々が守る!」
「応!!」
シオンたちは森を抜け、海岸を目指す。噴火が人々に与えた影響は大きいようで、辺りに逃げ遅れた人間は一人もいなかった。
「よし、私たちも今のうちに道を作っておきましょう!」
シオンは兵士たちにも声をかけ、海へと続く道を作り始める。
作業は順調に進んでいた。海岸から上がってくるものを見つけるまでは。
それは人の形をしていなかった。もちろん獣や魚の形でもない。ここに来るまでに色々なものを飲み込んできたのか、手足も二本や三本ではない。
そして誰もが直感した。これは敵だと。
異形のものに恐れをなし、なかなか近づくことができない兵士たち。だが、シオンだけが答えを見つける。
「まさか……」
もはやあるべき場所にはついていない頭部を見て息を飲むシオン。
「ア……ン?」
それはかつて戦った相手、殺し屋ティーチの部下、アンだった。
(そんな、アンは確かにローズ大佐が殺したはず……でもあの顔、あの目、あれは間違いなくアン……)
アンの名前を呼んでもアンの顔に変化は見られなかった。だが確実にアンはこちらに向かってやって来る。敵意があるにせよ、無いにせよいまこの化け物の相手をしている暇はなかった。
「あなたがアンでもそうじゃなくても、かまってあげられる時間は無いの。来るなら本気で叩き潰す!」
シオンは再びアンに向かって拳を構えた。




