episode 264 「崩壊の始まり」
怒り狂うレヴィの気配にどこか覚えがあるガイア。
(似ている……あの施設の気配に)
組織本部で感じたミカエルの気配。それは似て非なるものだが、人間とは違う何かという点では共通している。
「殺す殺す殺す! なぜ母の真似事など!」
レヴィの姿が変化していく。まるで怒りが形となっていくようだ。
「レヴィ、話し合いはできんのか?」
イシュタルが無駄だと知りつつもレヴィに語りかける。案の定、イシュタルの声はレヴィの耳には届いておらず、レヴィの目には憎きムゲンしか映っていない。
「やるしかないようだな。正直戦いたくはない相手なのだがな」
旧友であるレヴィに殺意を向けるイシュタル。だがそのすべてがレヴィの怒りに飲み込まれていく。すでにレヴィに人の面影はなく、その形相はセルバの言葉通りの魔の者となっていく。
(この化け物と戦う? 本気でいっているのか? 元帥殿もムゲンもセルバも……)
ガイアは恐れをなしていた。目の前の化け物にも、それに立ち向かおうとしているイシュタルたちにも。
「レオグール准将!」
イシュタルの声で我にかえるガイア。気がつけば目の前にはレヴィの剣先が迫っていた。
「!!」
ガイアの目に映ったのは鮮血。おびただしい量の鮮血。だがそれはガイアのものではなく、彼とレヴィとの間に割って入ったイシュタル元帥のものだった。
「元帥!!」
乾いた体から血が噴き出す。加護を宿した左腕が肩から吹き飛ぶ。
「呆けるな准将! 敵から目をそらすな!」
イシュタルは残った右腕に握ったエクスカリバーでレヴィの体を突き刺す。
「ガッはっ! こ、れは……」
エクスカリバーの加護によってレヴィの怒りが削りとられていく。
「今だ!」
ムゲンはレヴィが苦しむ隙にすかさず追撃を加える。素早く、細かく、正確にレヴィの体を切り刻んでいく。獣のような叫び声を上げるレヴィ。
「怒り怒り怒りが足りない! 足りないぞ! こんなことでは母上に合わせる顔がないいい!」
足に刺さったエクスカリバーを足ごと抜き去るレヴィ。
「ぐぁぁぁぁぁぁ! 痛い痛い痛い痛い!」
床にのたうち回るレヴィ。
「セルバ!」
叫ぶムゲン。次の瞬間、レヴィの目からムゲンの姿が消える。そこになにか居たような気がするが、今ではその記憶もない。だが、そのやりようの無い怒りだけは消え去ることはない。
「待て、待てよ、待てよコラァァァァァ!」
レヴィはイシュタルの部屋の中で破壊の限りを尽くした。
ガイアは瀕死のイシュタルを背負い、帝国本部を離れた。どんどん冷たくなっていく老人の体温を背中で感じながら診療所を目指す。
(俺が躊躇したばかりに、急がなければ、元帥殿が!)
医者の驚きようは尋常ではなかった。なにもない空間からいきなり現れた血まみれの兵士たち。そしてその兵士たちが運んできたのは元帥イシュタル。何よりも驚いたのはそのイシュタルが死にかけていることだった。
イシュタルはこの帝国の象徴。帝国の守護者。この帝国そのもの。イシュタルの死は帝国の崩壊を意味する。
そして、崩壊は始まった。




