episode 262 「イシュタルVSムゲン」
ムゲンの殺気は、イシュタルに負けず劣らず溢れていた。帝国本部内の兵士たちは理由の分からない体の震えに怯え始める。
「ムゲン! 一体何をしている! 敵なのか、元帥殿が!」
ガイアも剣を抜く。この国最強の剣士二人を前にして、イシュタルはいたって冷静だった。
「今さら問答は求めん。儂に挑むということは、理解しているな?」
イシュタルはエクスカリバーを抜く。
「死を」
圧倒的な圧力が小さな部屋の中に溢れる。セルバはすぐさま力を使い、ガイアを掴んで気配を消す。
「せ、セルバ?」
(ついていけないな。まったく酔狂な男だ)
セルバは困惑するガイアを連れ、部屋を出る。
僅かに沈黙が流れる。ガイアが突如いなくなったことなど、今の二人にとっては些細なことなのだろう。
が、静寂は突如轟音に代わる。イシュタルがまばたきをした瞬間、ムゲンの剣が空を切る。
ムゲンの強さの秘訣は、圧倒的な初撃の速さにある。ムゲンの居合いを見切ることが出来る者はおそらくこの国、いやこの世界には存在しないだろう。
現にイシュタルも完全に避けることは出来なかった。腹に深手を負い、血が噴き出す。通常ならば勝負が決するほどの深手、だが、イシュタルの加護をもってすれば、かすり傷以下だ。
イシュタルの強さは、その右手にもつ全てを切り裂く剣、エクスカリバー。その右手に宿るすべてを支配する力、そして左手に宿る全てを癒す力。
勿論その事を知っているムゲン。回復させまいと追撃の手を緩めない。
「さすがは三剣士と言われるだけのことはある。だが、このイシュタル、まだまだ貴様らに遅れはとらん!」
気圧された。目の前にいるのは七十を越えた老人。それでもその迫力はいささかも衰えていない。それどころか凄みが増している。
傷を瞬く間に治し、今度はイシュタルが攻撃にまわる番だ。
素早さと攻撃に重きを置く分、その体の線はか細く、イシュタルの一撃を浴びてしまえば即戦闘不能と成りかねない。
二人の戦いの騒音は、次第に他の兵士たちを引き付けていく。いつの間にか部屋の外はたくさんの兵士で溢れていた。
それでも中に入ろうとするものは誰もいない。それほどまでに中からにじみ出る殺気と熱気はすさまじかった。
やがてそれは一般の兵士だけではなく、上層部の人間までもを呼び込む。
「お前たち、何をしているんだ」
聞きなれない声に振り返る兵士たち。そしてその現れた男を見て誰もがあわてて敬礼をする。
「げ、元帥殿!」
現れたのはイシュタルと同様の帝国最強戦力の一人、レヴィ元帥だった。
部屋の中では明らかに戦いが繰り広げられていた。
(一人はイシュタル、だがもう一人は誰だ? 彼とまともに戦える人間がそうそう居るとは思えないが)
外で静観していたセルバはレヴィの姿を確認したとたん、表情が強ばる。
「セルバ?」
明らかに様子がおかしいセルバに声をかけるガイア。
「……奴だ」
「何?」
セルバは隣にいた兵士の腰から剣を抜きさる。
「奴が魔の血族だ!」
セルバは無防備なレヴィの後ろから斬りかかった。




