episode 261 「ガイアとムゲン」
帝都モルガントでは良くない噂が流れていた。それは帝国の先鋭、ジャンヌ・ヴァルキリアが戦死したというものだ。普段ならば誰も信じないであろうその異常な噂も、任務から誰一人として戻らないというそれ以上の異常によって現実味を帯びている。
今回の任務に赴いたのは帝国軍有数の兵士たちだ。中将であるジャンヌを始め、准将ガイア、大佐のボンズとロナン。その他の兵士たちも全員が将校である。普段は軍を指揮する立場である人間たちが集まったのである。戦力としても充分すぎるほどだと言われていた。
この件について軍上層部の者たちは頑なに口を閉ざした。詳しく事情を知っているのは、任務を下したイシュタル元帥とアドミラル提督くらいのものだろう。
得たいの知れない不安感が段々と帝国を包んでいった。だがらこそ、ガイアの帰還はとてつもない安心感と喜びとなって帝国に活気をもたらした。
「レオグール准将! 一体何が……いや、今はそれよりもいまは休息を!」
門番が門を開ける。帝国の人々はガイアの顔を見たとたん、暗かった顔があっという間に明るくなる。と同時に疑問も顔に浮かべる。見ず知らずの人間であるセルバと、その隣のムゲンの顔も見たからだ。
ムゲンを直接見たものは少ない。それほどにまで人前に姿を現さないからだ。だがその噂と人相は皆に知れ渡っており、彼がムゲンだということは人目見ただけで誰もが理解した。だが伝説である三剣士に出会えたという喜びよりも、なぜこのタイミングで現れたのかという疑問の方が上回った。
ヒソヒソと人々の話し声がそこらかしこから聞こえる。
「相変わらず帝国の人間は騒がしいな」
セルバが怪訝な顔をする。次の瞬間、ガイアを含む三人の姿が人々の前から消える。そしてそこに居たという記憶すら薄れ始める。人々はモヤモヤしながらもすぐにもとの生活へと戻っていった。
「相変わらず恐ろしい力だな」
ガイアはセルバの力に感服する。そして恐ろしくもある。この力を使えば暗殺など朝飯前だ。
大勢の目に映りながらもなんの反応も示されないことに戸惑いながらも、三人は帝国本部を目指す。
帝国本部は今までにないほど厳重な警備がしかれていた。セルバの力がなければ、ガイアですら入るのに時間がかかっただろう。
(ここに入るのも久しぶりだな)
ガイアは若干の緊張を覚えつつ、イシュタルの自室へ急ぐ。
イシュタルの焦りは扉の外からでも充分に感じられた。
「……誰だ?」
セルバの力はまだ解いていない。誰かまではわからずとも、見破られたことに驚きを隠せないセルバ。
「さすがは元帥といったところか」
セルバは力を解く。イシュタルにとってはとんでもない衝撃だったであろう、いきなりガイアとムゲンの気配が現れたのだから。
勢い良く扉が開く。二人をその目で確認したイシュタルは思い切り目を見開き、二人の肩に手を置いた。
「ガイア・レオグール准将、ただいま戻りました」
ガイアはイシュタルに敬礼する。
「よくぞ戻った。して状況は?」
ガイアの報告を受けるイシュタル。ある程度は予想していたのか、それほど驚きはしなかったが、落胆はとてつもないものだった。
「……ジャンヌはどうした?」
「不明です」
イシュタルは海岸に打ち上げられた死体の山を思い出す。あり得ないことだが、万が一ということもあり得る。
「ムゲン、お前も良く来てくれた。感謝しよう」
不安を消し去るように話題を変え、ムゲンに手を差し出すイシュタル。が、ムゲンはその手に応えず、代わりに刀を抜く。
「なんの真似だ?」
イシュタルから不安の色は跡形もなく消え去り、代わりに尋常じゃない殺気が表れる。
「殺す。魔の血を持つものは」




