episode 260 「色欲の魔女」
とある小島。とても小さなその小島には一軒の家が建っていた。家の大きさもさほど大きくはなく、おそらく一人暮らしだろう。
その家から男の声が聞こえてきた。
「さあレディ、食事の用意ができたよ」
どうやら一人暮らしではないようだ。男の声に誘われて女が出てくる。
「あら美味しそうね。それにしても意外、あなた料理なんてできたのね」
女性はやけに露出度の高い服を着ている。正直目のやり場に困るくらいだ。
「この程度、たしなみさ。これのお返しもしたいしね」
男の左腕は義手だった。
ワルター・フェンサー。帝国軍大佐にして組織の殺し屋。そして組織本部での戦いで濁流に巻き込まれ、この小島に流れ着いた。
「いいものでしょう? とても古いものだけれど」
ワルターは瀕死の状態でこの島にたどり着いた。この島の主である女性はワルターを快く受け入れた。そしてその人を越えた力で瞬く間に治療してしまったのだ。
「ごめんなさい。本当はその腕ももとに戻してあげたかったのだけれど……何か呪いのようなものでもかかっているのかしら?」
申し訳なさそうな顔の女性。
ワルターの腕を奪ったのは帝国軍最高戦力の一人、イシュタル。彼のもつ七聖剣エクスカリバーは加護を断つ剣。おそらく彼女の治癒の加護も届かないのだろう。
「とんでもない! 元の腕よりも調子がいいよ!」
ワルターは元気良く義手を動かす。
二人はワルターの作った料理を頬張る。
「美味しい。あなた料理人になれるんじゃないかしら」
女性はワルターの料理を賛美する。
「大袈裟だな。俺よりも妹やレイアの方が美味しいさ」
レイアの名が出たとたん、女性の料理を口に運ぶ腕が止まる。
「どうしたんだい? もしかしてニンジンは苦手だったのかい?」
ニンジンが刺さったままのフォークを見てワルターが尋ねる。
「……ごめんなさい。実はそうなの」
女性はフォークを置く。
「少し席をはずしていいかしら?」
「どこへ……いや野暮ってものだね」
この家にはトイレがなかった。ワルターは家を出る女性を、特に怪しむ様子なく見送る。
(レイア……)
家を出たとたん、女性の体は跡形もなく消え去る。
「わ! どうしたの姉さん!」
突然現れた女性に驚くメイザース。ここはテノンにあるメイザース大神殿地下。ここにはレイアが監禁されている。
女性はメイザースを無視し、レイアがとらわれている祭壇へと近づいていく。
「ちょっと姉さん! レイアに何しようってのさ。僕のレイアにさわらないでくれ!」
「うるさい」
女性はメイザースを睨み付ける。するとメイザースの体は金縛りにあったように動かなくなる。
「やっぱりあなたがレイアなのね」
レイアの姿を確認し、満足そうに微笑む女性。そしてそのレイアの唇に口づけをする。
「ああああああああ!!」
それを見て叫び声を上げるメイザース。体を縛っていた女性の術も簡単に破れ去る。
「僕のレイアだぞ!」
「あらメイザース、相変わらず女々しいわね」
猛突進してくるメイザースを触ることなく地面に叩きつける女性。
「あなたのような子供が私に逆らえるとでも?」
まがまがしい空気が神殿の中に流れる。それに反応したのか、同じ神殿内に安置されている魔女の体が震え出す。
「あら、お母様を怒らせてしまったかしら? 今日のところはこれで帰らせてもらおうかしら」
「待て!!」
叫ぶメイザースを嘲笑うかのように姿を消す女性。
メイザースは急いでレイアの元に駆け寄る。レイアの唇にはくっきりと跡が残っていた。
「くそ! くそ! くそ! 僕だってまだしてないんだぞっ!」
メイザースはレイアの唇に触れようとするが、弾かれてしまう。女性の魔力が邪魔をしているようだ。メイザースの背中から悪意に満ちた殺気が溢れる。
「メ~ディ~アァァァァァ!!」
メイザースは獣の叫び声のような、狂った声をあげた。




