episode 257 「孤独な戦い」
黒い空。これが夢ではないことを教えてくれる。
(目覚めても悪夢……か)
重たい体を起こす。流れすぎた血はとっくに乾いている。そして魔女の気配のする方へと歩いていく。
(妙だ、誰の気配も感じない)
胸がざわめく。嫌な予感だけが頭の中に溢れかえる。
進むにつれ、魔女の気配は大きくなっていくだが一向にアスラたちの気配は掴めない。
(逃げたのか? いや、まさかな。だとしたらそれはそれでありだが)
現場に到着する。当たったのは悪い方の予感だった。アスラたちは全員倒れていた。生きているのかどうかすら分からない。
(参ったな……一人でこれを相手にするのか)
目の前の魔女を睨み付ける。混み上がってくる怒りを力へと変換していく。
「o、oboebpnbfib」
魔女が何か口を動かしているが、耳が機能していないのか何も聞こえない。
(出来れば会いたくは無かったよ。て、聞こえないか)
口も開かない。体のほとんどの機能が失われている。明らかに満身創痍。生きているのが不思議な状態。それでも魔女はその目の前の男から目が離せずにいた。
放っておけばいい、どうせ死ぬ。考えるな。今はこの死に損ないたちに止めを指すのが先だ。そう考える魔女だったが、体は別の行動を起こそうとしている。
目の前の男を殺せ、と。
魔女は体を闇と同化させ、瀕死の男へと向かって行く。男の周囲を闇で覆い尽くす。
(こいよ。どうせ避けられない)
男は大きく手を広げる。
(受けきってやる)
闇が男を襲う。干からびた体から鮮血が溢れる。腕はちぎれ、腹は抉れる。それでも男は唯一機能している目で虚空を睨み付ける。
「oboebupjvopebpnbfib!!」
倒れない男に叫ぶ魔女。あり得ない。相手は人間。いや、たとえ同じ魔族であってもこれだけの傷を負って生きていられるはずがない。立っていられるはずがない。
滅ぼす側の魔女、そして滅ばされるだけの存在である人間。その構図が崩れ去ろうとしていた。
(魔女、一見無敵の存在に見えるがあくまでもこいつは生物。生きているってことは死ぬってことだ。必ずどこかに弱点がある)
男はその時を待って必死に耐えた。
実際に魔女にも限界は存在した。魔女はこの星の生物ではない。魔女は遥か彼方の星からやって来た。魔女の力の源はこの星から得ている。魔女の体のほとんどを形どっているのはこの力だ。エネルギーが枯渇すれば体を保つことすら出来ない。
魔女がこの地に降りてから既に五百年が経過していた。魔女にとっても計算外の時間だ。
(耐えろ、耐え続けるんだ。できるだけこいつに力を使わせろ。そうすれば、俺が倒せなくてもきっとアスラたちが倒してくれる)
男は耐え続けた。しかし先に限界に到達したのは男の方だった。
臓物を無惨に撒き散らし、地面に倒れる。
「ibb、ibb、epveb」
魔女は明らかに息を切らしている。既に闇と一体化出来なくなるまでに疲労した魔女を満足そうな目で見る男。否、男が見ていたのは魔女ではない。その先で立ち上がった青い髪の大男だった。
限界を遠の昔に超えていた男は孤独な戦いを終えた。魔女に向かって行くハデスを、光を失いつつある両目に刻む。そしてゆっくりと目を閉じる。
(頼んだぜ、ハデス)
男は笑顔のまま、息を引き取った。




