episode 252 「悲痛な叫び」
目を開ける。しかしその瞳には何も映らない。無限に広がる闇。心が深く沈んでいく。
「ibubtjufepvobsvlb」
呆然と立ち尽くす十人の子供を空中から見下ろす魔女。
(一体、どうしたんだ俺は。死んだのか?)
針穴程度の光すら存在しない漆黒の世界。アスラはそこに居た。体の内側から何やらよからぬ感情が膨れ上がってくる。
(何だ、殺意が込み上げてくる。……殺したい……滅ぼしたい……人間を)
黒い感情、人としての自分が死んでいく。
(俺は死んでなどいない……今、正にハデスと同じ状況におかれているのだろう)
黒い感情を押し込めるアスラ。
(やつに耐えられて、俺に耐えられぬ訳がない……)
魔女にとってそれは、この地においての初めての誤算だった。
「ipv、ubfsvlb」
誰一人として闇に飲み込まれない子供たちを不思議そうに見つめる魔女。
「tjlbubhbobj。iplbopojohfoxptbhbtvlb」
魔女はそこに闇を残し、闇に紛れて姿を消した。
そこから先は一体どれ程の時間が過ぎたのだろう。アスラたちに知る術は無かった。無限とも思えるその時間が過ぎたあと、世界に残されていたのは自分たちだけだった。
「……そんなバカな」
世界は闇に染まっていた。いたるところにハデスが触れてしまった黒体が転がっている。あとから判ったことだが、これは闇に耐えきれなかった人間の成れの果てらしい。
アスラたちは、もといた地下へと様子を見に行く。地下へと下る途中、嫌な想像だけが膨れ上がる。
その想像は見事に的中する。遥かに上を行く形で。
「……」
アスラたちは言葉を失った。
何年、何十年、何百年。自分たちが闇と戦っている間に世界は変わっていた。少数ではあったが、それでもここには百人以上の人々が身を潜めていた。
残っているものは、おびただしい数の白骨だけだった。
「死ぬまで隠れていたっていうのか?」
黒髪が銀に変わり、目も真っ赤に染まった少年が言葉を絞り出す。彼だけではない。何百年もの間魔女の闇に触れ続けたせいで彼らの体にはさまざまな症状が出始めていた。
「弔うぞ」
後頭部と背中から角のようなものが飛び出しているアスラがその場の全員に声をかける。無論、断るものは誰も居ない。
人々を埋葬しながら彼らは体の変化に驚きを感じる。以前とは比べ物にならないくらい体が軽い。体の内側から込み上げるエネルギーも感じる。だが、その変化に喜ぶ者は一人も居なかった。
「私たち、このまま魔女みたいになっちゃうのかな」
モルガナが呟く。その言葉に全員の手が止まる。
大丈夫だ、安心しろ。そう言い切れない自分に腹が立つアスラ。
地下の人々を埋葬するのに丸一日かかった。そして祈るアスラたち。
「神様は居ないんだね」
闇を取り込んだ影響か、顔中に斑点ができた少年が呟く。
「そうだ。神は居ない」
アスラが答える。うつむく少年。涙を浮かべている。
「だが、俺たちは生きている。前を向け、ネス」
アスラは斑点だらけのネスという少年の肩に手をのせる。
「アスラ……」
ネスは鼻水をすすり、涙をぬぐう。
「どういうわけか魔女は俺たちを見逃した。このチャンスを逃すわけにはいかない」
金髪の少年、スサノオがアスラに話しかける。
「分からないことだらけだが、やることはわかっている。もう一度魔女と会い、決着をつける」
アスラは拳に力を込める。
「なあ、アイツは?」
ふとルインが口を開く。アイツ、おそらくハデスの事だろう。確かにここには居ない。地上にも居なかった。誰もが思っていた疑問に思ってはいたが、口には出来なかった。
その時、魔女に似た凶悪な気配を感知するアスラたち。
(魔女か? いや、似ているが違う。これは……)
激しく揺れる地面。天井を突き破って何かが地下に降りてくる。
「……ハデス!!」
ルインは悲痛な叫び声を上げた。




