episode 251 「魔が支配する時間」
夜、それは魔が支配する時間。ハデスを見守る以外にもアスラたちには重要な目的があった。
魔女をこの目で見る。アスラたちの中で魔女を直接見たものは居なかった。もっとも魔女を見たもので生き残っている人間は居ないので当然だが。
「だいじょぶかな?」
彼らの中でも一際小さな少女が心配そうに震える。年は五、六歳だろう。
「大丈夫さモルガナ。みんな一緒だ」
赤い髪の少年が、モルガナと呼ばれた小さな少女を励ます。
「皆、警戒を怠るなよ。もっとも、警戒する余裕かあればの話だが……」
冗談混じりのアスラの言葉を笑えるものは一人も居なかった。
辺りはすっかり暗くなった。ハデスは小刻みに震えながら、依然として何かから耐えている。ルインはその様子に我慢できなくなっていた。
「もう、我慢できねぇ……」
ルインの体が怒りに震える。
「耐えろルイン。迂闊に飛び出せば死ぬぞ」
アスラの言葉も意味をなさない。
「このままじゃアイツが死ぬだろ……!」
ルインが飛び出そうとした正にそのとき、もとから真っ暗だった世界にさらにどす黒い闇が訪れた。
そこにいた全員が実感した。
ヤツが来たと。
魔女は来たのではなく、まるでもとからそこに居たかのようだった。
魔女はゆっくりとハデスに近づく。ルインが飛び出さないかどうかの心配などしている余裕もなかった。現にルインも硬直して動くことができない。
魔女は人の形をしていた。物語のなかに登場する悪魔のような角や牙や羽が生えているわけでもない。その姿は普通の人間となんら変わりはなかった。全身を黒い布で覆い、長くて黒い紙を風になびかせている。
魔女はハデスに触れ、ゆっくりと口を開いた。
「pzb、jljufjsv」
意味不明な言葉を話す魔女。
「ajhbnpbsvoplb」
飲み込まれまいと、必死に抵抗しているハデスの様子を見て語り続ける魔女。
その様子をただただ息を殺して見ていることしかできないアスラたち。だが、当然そんな彼らの気配は簡単に魔女に悟られてしまう。
「tplpopojohfo」 (そこの人間)
魔女から放たれた言葉の意味は全く理解できなかったが、それが自分達に向けられた言葉だということはすぐに理解できた。言葉と共に禍々しい感情が向けられたからだ。
「アスラ!」
赤い髪の少年が叫ぶ。アスラは頷き、モルガナら歳の幼いものを庇いながらその場を去ろうとする。
だが魔女は世界の理を無視したかのようなスピードでアスラたちの前に回り込んでくる。
「nvtjlb。ujufljtfjnfjubjefibmbjmplb?」
悪魔のような囁きをする魔女は語りかけたあとに困惑したような表情を作る。
「おや、失礼。知能が足りないか」
魔女は理解できる言葉を話し出す。だが魔女に返答しようとするものは誰も居ない。
「ん? 知能の問題ではないのか? 意思疏通を図ってみるのも一興かと思ったが、出来ないのなら仕方がないな」
魔女の姿は人の形をやめ、闇と一体化していく。
「ipspcjzp」
闇がアスラたちに降り注ぐ。




