episode 250 「立ち上がりし少年たち」
まぶしい。彼らが抱いた最初の感情だった。たった三日だけだったが、人が日の光無しに生きていけないことを実感した。
段々と目が光に慣れていく。
次に彼らが抱いた感情は困惑だった。
「アスラ……これ」
先頭を歩く少年に声をかける女性。
「……ああ。これが世界だ」
彼らの目の前に広がっていた光景は確かに彼らが生まれ育った場所だった。だが彼らの内の誰もがこの場所を知らなかった。ここには緑があった。ここには家があった。ここには……人が住んでいた。だが、何一つそこには残っていなかった。荒野、そう呼ぶ以外に無かった。
そこに既に魔女は居なかった。だが人でも獣でも植物でも無い何かがそこら中にうようよしている。それはどす黒く、形を持たず、意思もないようだ。しかしそれが危険な存在であるのは誰もが直感していた。
「俺がいこう」
彼らの中でもっとも巨大な男が一歩前に出る。年は十五といったところか、とても子供には似つかわしくない立派な肉体を誇っており、髪は青く天を指していた。
「任せていいか、ハデス」
「もちろん」
アスラはハデスに任せることにした。ハデスは一歩一歩その固まりに近づいていく。いくら近づいても固まりから攻撃の意思は見られない。ただそこにある炎のようだ。
ハデスは試しに落ちていた石ころを固まりに向かって投げつける。しかし固まりはなんの反応も示さない。覚悟を決め、固まりに触れるハデス。
「どうだ? ハデス」
固まりに触れてからなにも答えないハデスに声をかけるアスラ。
「……ろ」
ハデスは体を小刻みに震わせる。
「たっく、何やってんだよ!」
ピンクのつんつん髪を持った目付きの悪い少女がハデスに近づこうとする。
「……げろ」
「は? 聞こえねぇよ!」
ハデスが振り向く。その顔は彼らを後退りさせるのには充分なほど変貌していた。
「逃げろ!」
そういいながらハデスは全速力でアスラたちに襲いかかる。
「っ! この脳筋野郎!」
一番近くにいた目付きの悪い少女が紙一重でその攻撃を避ける。だがハデスの圧倒的な攻撃から繰り出される風圧によって、少女の小さな体は吹き飛ばされてしまう。
「ルイン!」
吹き飛ばされた少女とは別の女性が声を上げ、急いでルインと呼ばれた少女のもとへと駆け寄る。
「あっのくそ野郎!!」
ルインが思ったより元気で胸を撫で下ろす女性。
ハデスは腕っぷしで言えば生き残った人間たちの中で頂点の実力を持っていた。加護のような超人的な力など存在しないこの世界にとって、正にハデスは最強の男だった。
その男が自我を失い、目の前にいる。今の彼らにとって魔女よりもハデスの方が厄介な存在だった。
「どう思う、スサノオ」
アスラが隣にいた金髪の少年に話しかける。スサノオと呼ばれたその少年もルインに負けず劣らず目付きが悪い。
「あの黒体、触れたものを操る力があるのかもしれない。迂闊に近づけばああなる」
必死に抵抗しているのか、顔を真っ赤にし体を震わせているハデスを指さすスサノオ。
「とにかく今はあいつから離れるべきだろう」
オールバックの少年がルインに手を貸しながら提案する。
「ああ、悔しいがミカエルの意見に賛成だ。あの脳筋と正面からぶつかるなんてバカだぜ!」
ルインが女性とミカエルと呼ばれた少年に手を借りながら立ち上がる。
「……そうだな。ハデスが持ちこたえている間に身を隠そう」
アスラら十人はハデスからできるだけ距離をとる。
じきに夜が来る。夜は危険だ。だが地下に戻るつもりは無かった。あの状況のハデスを地下に連れていくことはできない。かといって彼を置き去りにして戻ることもできない。一定の距離を保ちつつ、アスラたちはハデスを見守った。




