episode 244 「オルフェウス」
「魔女……だと?」
イルベルトの言葉に疑問を覚えるアーノルト。
「そう、魔女だ。その子孫が我々にはついている」
アーノルトの驚愕した表情に驚きつつも話を続けるイルベルト。
「……」
アーノルトの脳裏にはすぐさまマリンが浮かぶ。確かにその魔術の腕は魔女と呼ぶにふさわしい。見た目も魔女そのもので、アーノルトが彼女と出会った二十年前からその姿は変わらない。
「にわかには信じられんな。十闘神物語に登場する魔女のことを言っているのだろうが、それはフィクション……現実の話ではない」
アーノルトはイルベルトの話を否定する。
「フン、まあそういう反応をするだろうな。俺はわかっていたさ」
アーノルトにビビりつつも、横から口だけは挟むパーシアス。それを呆れた目で睨むリラ。
「もちろん話だけで信じてもらおうとは思っていない。ついてこい」
イルベルトは亜空間を作りだす。
「いいだろう。確かめさせてもらう」
アーノルトは恐れることなく、その空間へと入っていった。
暗い暗い部屋。亜空間を抜けた先には何もなかった。図られたか、一瞬そう考えるアーノルトだったが、すぐにその考えを改めることになる。
「!!」
今までなぜ気が付かなかったのだろう、それほどの気配がアーノルトを襲う。それは決して敵意や殺意などではない。圧倒的な存在感、そう言い表すにほかなかった。
「お前がアーノルトだな? よく生きていたね。ミカエルに会ったんだろう?」
どこからともなくアーノルトに語り掛ける声が聞こえる。これだけの存在感がありながら、どこから話しかけられているのか全く分からない。まるで空間そのものに語り掛けられているようだ。
「……そうだ。お前が魔女の子孫か?」
なんとなくそう答えたアーノルトだが、次の瞬間、自らの行動の軽率さを思い知らされた。
「お前? このミジンコが……俺に向かってお前だとォォォォォォォ!」
空間が激しく収縮する。体が圧縮され、骨がきりきりと悲鳴を上げている。
「かッ」
悲鳴にもならない声を上げるアーノルト。抗うことなど到底できない。いつ訪れるかもわからない死の恐怖に全身が支配されていく。
アーノルトの頭蓋骨が砕ける直前、空間の収縮は止まる。
「はあはあ」
今まで感じたことがないほど生を実感するアーノルト。
「お前がマリンの知り合いでなければ、今頃チリと化していただろうな」
(やはり、マリンは……)
「聞かせていただきたい、あなたの名は? そして魔女の子孫とは?」
アーノルトは膝まづき、空間に質問する。
「質問が多いな。強欲な奴め。まるでヘルメスだな」
アーノルトは感情を押し殺す。逆らってはいけない。感情を悟られてはいけない。ここで死ぬわけにはいかない。
「まあいい。我が名はオルフェウス。偉大なる支配者である母の次男だ」
脳に響いてくるその言葉をすぐに受け入れることができないアーノルト。
(次男……だと? 母だと? 母とは何だ? 魔女のことか? 次男とは何だ? 何人もいるということか?)
アーノルトの中にさまざまな憶測が生まれる。そのすべてをオルフェウスに読まれてしまう。
「そう、お前の考えている通り、母の子供は俺一人じゃない。お前のよく知るマリンも含め、この世に七人潜んでいる」
それを聞いたアーノルトの心情は読むまでもなかった。
「マリンが……魔女の血族……」
空間に存在していた酸素がどんどん薄くなる。
「姉さんを呼び捨てにするなよ……こっちだって殺さないように痛めつけるのは骨が折れるんだよ。それに魔女だって? 母を愚弄しているなら本当に殺すぞ」
アーノルトの耳にオルフェウスの言葉が届くことは無かった。それよりも先に気絶してしまったからだ。
「まあいい、見込みはある。ミカエルと対峙して生き残っただけはあるな。何れにせよお前はもう俺の駒だ。働いてもらうぞ……この世界のために」
亜空間から強制的にはじき出されたアーノルトを受け止めるイルベルト。
「やはり生き残ったか」
嬉しそうなイルベルト。
「当然だ。我らも生き残ったのだからな」
気絶するアーノルトを嬉しそうに見つめるパーシアス。
「でも、本当に可能なのかしら? 十闘神を殺すなんて」
リラは心配そうに下を向く。
「可能なわけがない。だがやらなければ……俺達にはあとがない。生き残るためには強者に付き従うしかない。今までもそうやって生きてきただろう?」
イルベルトの顔は決して明るくはなかった。むしろ自殺志願者のように暗かったが、彼らにとってイルベルトだけが道しるべだった。たとえそれが地獄へ続いているとしても進むしかない。それが自らの運命なのだから。




