episode 243 「安息」
アーノルトがイルベルトに連れてこられたのは組織本部のあった小島だった。もっとも島自体はミカエルによって破壊され、そこはただの残骸の浮島だったが。
「イルベルト、なんだその子供らは。アーノルトをつれてくる予定だろう? 」
既にその小島に居た騎士風の男が口を開く。Pの殺し屋、パーシアスだ。パーシアスは最強の殺し屋、アーノルトの姿を確認し、ビクビクとしている。
「やめなさい、パーシアス。どう考えてもアーノルトの関係者でしょ? 文句垂れると殺されるわよ?」
針の手入れをしている女性がパーシアスを咎める。Rの殺し屋、リラだ。
「俺が恐れているだと? このパーシアスが?」
強気なパーシアスだが、明らかにその目はアーノルトから逸らされている。
「貴様ら……マーク、リザベルトの捕獲に失敗しておきながら今さらノコノコと姿を現すとはな」
アーノルトが一歩前に出る。それだけでパーシアスはもちろんのこと、イルベルトとリラもアーノルトから距離をとる。
「落ち着けアーノルト。確かに任務には失敗した。だが組織を裏切った訳じゃない。組織がこの有り様なのも知ったのはさっきだ」
イルベルトが弁解する。
「そうよ、現に私たち地下に飛ぼうとして死にかけたんだから」
リラが続ける。よく見たらイルベルトだけではなく、パーシアスもリラも水浸しだ。おおかた組織本部にワープしようとして海のなかにでも飛んでしまったのだろう。
「いや、そんなことはもはやどうでもいい。なぜ俺と子供たちをここへ呼んだ」
子供たちが怖がっているのを確認し、殺気を静めるアーノルト。
「別にあそこで話してもよかったのだが、なにぶんあそこは危険だったからな」
アーノルトとジャンヌの戦いを影から観戦していたイルベルトが身震いする。
「確かに、あの女の強さは地下で会ったあの男にも引けをとらなかった」
ミカエルとジャンヌの強さを比較するアーノルト。加護を解放してからのジャンヌの強さは正に神掛かっていた。
「ほう、最強のアーノルト様にそこまで言わせるとはな。どこのどいつだ、その女は」
アーノルトからの圧力がなくなったことでまた大きな態度に出るパーシアス。しかしアーノルトからのジャンヌの名前が出たとたん、その表情は一瞬で恐怖にひきつる。
「じゃ、ジャンヌだと? ジャンヌ・ヴァルキリアか!? リザベルトの姉の!」
パーシアスはへなへなとその場に座り込む。
「まさか中将と戦って生きているとはな……さすがは最強の名を持つだけはある」
パーシアスの中で何かが吹っ切れる。
「認めよう、お前が最強だ」
真面目な顔でアーノルトに語りかけるパーシアスの言葉を、軽く無視するアーノルト。
「それで? 俺に何をしろと? 帝国にでも攻め混むか?」
イルベルトに尋ねるアーノルト。イルベルトは首を横に振る。
「それはない。あそこは化け物だらけだ。いくらお前がついていても命はない。覚えているだろう? イシュタルの存在を」
アーノルトの中にイシュタルとの戦いの記憶がよみがえる。
「確かにな。子供たちを危険に晒すわけにはいかん」
「それだ」
待っていたかのように指をたてるイルベルト。
「何かだ」
「だからそれだ。子供たちだ。子供といっても彼らは組織の一員。社会で生きていくのは難しいだろう」
イルベルトは子供たちの方を向く。まだ彼らはイルベルトたちを警戒しているようだ。
「確かに。だがお前の力があれば住む場所には困らないだろう。金がいるならいくらでも用意する。それとも命の方がいいか?」
アーノルトは再びイルベルトに殺意を向ける。直接向けられたわけでもないのにパーシアスは失神しそうだ。だが当のイルベルトは恐れずこう言った。
「安息をやろう」
「……何?」
イルベルトの言葉に過剰に反応するアーノルト。
「正しく言えば俺がやるわけではない。だが我々に安息を約束してくれた人物がいる。その条件の一つがお前を連れてくることだ」
「……詳しく話せ」
イルベルトは語り出す。アーノルトはその言葉一言一言に集中する。




