episode 233 「ジャンヌvsアーノルト」
アーノルトがマリンの家を訪れてから二ヶ月の刻が経過した。ミカエルとジャンヌに付けられた傷はすっかり回復し、良くなっていた。
「本当に世話になった。感謝する」」
アーノルトはマリンに頭を下げる。
「構わないさ。それにしても寂しくなるね。話し相手が居なくなってしまうのは」
そういってマリンは小さな珠を取り出し、アーノルトに差し出す。
「お守りさ。私の魔力が込めてある。きっと役に立つ」
これは? そう言いたげなアーノルトに説明するマリン。
「それとお前に渡したその服、それにも魔力が編み込んである。ある程度の魔術……加護に対しての防御力があるはずさ。物理的な攻撃に対してもそれなりに役に立つ」
アーノルトはマリンに手渡された衣装に身を包んでいた。それは彼が以前身に付けていた鎖帷子以上の防御力を誇り、遥かに動きやすくて軽かった。
「最後にこれをやる。武器がなくては戦えんだろう」
マリンはクナイをアーノルトに渡す。見た目はなんの変哲もないいたって普通のクナイだ。
「これにも魔力がこもっているのか」
アーノルトの質問にマリンは笑って答える。
「はは。これはただのクナイさ。こもっているとすればそれは私の気持ちかな」
アーノルトは男の反応も示さない。マリンも笑うのをやめて咳払いをする。
「とにかくだ。元気でやれ」
「最後にひとつ聞きたい」
一段と真面目な顔をしてマリンに尋ねるアーノルト。
「マリン、俺はこれからどうなる。どうすべきなんだ?」
「それは私にもわからん。私はあくまでも預言者だ。未来を決めるのはお前自身さ」
マリンはアーノルトを家の外に押し出す。
「去らばだアーノルト。もう二度と会わずに済むことを心から祈っているよ」
アーノルトが家から押し出されると、そこには何もない荒野が広がっていた。そしていくら手を伸ばしても、扉が現れることは無かった。
「感謝する」
組織の訓練所跡地。ジャンヌはここでアーノルトを待っていた。だがアーノルトが二ヶ月間きっちり傷を癒していたのに対し、ジャンヌのいるこの現実世界ではまだ三日ほどしか経過しておらず、彼女の傷は完治とはかけ離れたものだった。
訓練所にいた子供たちはジャンヌの作った簡単な小屋で軟禁されていた。押し込められ、まともに空すら拝めない状況だったが、それでも以前いた施設に比べれば充分な待遇だった。
「あの人大丈夫かな? 戻ってきたりしないよね」
「無事だといいな」
「お腹すいていないかな」
子供たちは口々にアーノルトの事を噂していた。かつては絶望的な状況の中で憎しみ合い、奪い合い、殺しあっていた子供たちは今、名前も知らない英雄の話で盛り上がっていた。彼らの中に少しずつ希望が生まれてきていた。
そしてアーノルトはやって来た。
「あら、やっぱり来たの。一応待っていてよかったわ。それにしてもその服装どうしたの? 其れになんだか傷も癒えて……」
ジャンヌの言葉を遮り、襲いかかるアーノルト。体調万全のアーノルトの一撃を難なく受け止めるジャンヌ。
「あら、レディの話は最後まで聞くものよ?」
「俺はお前と会話をしに来たのではない。お前を殺しに来たのだ」
アーノルトは以前ジャンヌと戦ったときの捨て身の戦法をやめ、使い馴れたヒット&アウェイの戦法をとる。
「あら? 前よりも強くなったかしら?」
アーノルトの変化に若干戸惑うジャンヌ。戦法だけではない。以前はアーノルトの目には怒りと憎しみがこもっていた。しかし今では信念がこもっている。
(一体この三日間で何があったのかしら)
疑問に思うジャンヌだったが、いくら考えてもその答えは見つからない。そしてそんな考え事をしながら戦っていれば足下を掬われる。
イシュタルとガイアを除けば、アーノルトはジャンヌが今まで戦ったどの相手よりも強かった。
「子供たちは無事だろうな」
「ええ。全員生きているわ。今はまだ」
アーノルトのクナイに力が増す。
「お前には輝かしい未来が待っているそうだが、その未来、ここで終わらせてやる」
アーノルトの殺気が膨れ上がる。だがこの間とは違い、その怒りが直接アーノルトの力となる。
アーノルトの言葉をジャンヌは笑い飛ばす。
「何がおかしい……」
より不機嫌になるアーノルト。
「ふふ、ごめんなさい。だってこの台詞、言いたくてしかたがなかったんだもの」
フッとアーノルトの全身をジャンヌの殺気が撫でる。全身の毛穴が開くアーノルト。
「殺せるものなら殺してみなさい?」
帝国軍中将、ジャンヌ・ヴァルキリア。今、殺意をもって組織最強の男、暗殺アーノルト・レバーに向かっていく。




