episode 231 「子供たち」
アーノルトは血の海の中で死について考えていた。だんだんと自分の命が吸い込まれていく感覚。血の海と命が混ざり合っていく。
(これが死か……案外悪くはないものだな)
アーノルトは死を受け入れ、目を閉じる。組織の崩壊とともに自らの命に幕を下ろす。それもまた良しとしていた。
「あら、こんなところで死なれては困るのだけれど。一応あなたには罪を償ってもらわないと」
いつの間にかアーノルトの目の前には一人の女性が立っていた。
「……何者だ」
アーノルトは閉じていた眼を開く。そこに立っていた女性に見覚えは無かった。ただ彼女から醸し出されるオーラは尋常なものではなかった。
「私はジャンヌ。一応帝国軍の中将よ。あなたがアーノルトね。あの天使の攻撃をまじかに受けてよく生きていたわね」
天使。おそらく十闘神ミカエルのことだろう。アーノルトは組織本部での出来事を思い出す。たしか後から入ってきた女性がこのような顔をしていたかもしれない。アーノルト自身あの時は極限状態にあったため、よく覚えてはいないが、このオーラには覚えがあった。
「それは貴様も同じだろう。何をしに来た。俺を殺しに来たのか?」
アーノルトは体から力を抜いたままジャンヌに問いかける。
「話を聞いていなかったのかしら? あなたは本部に連れていくわ。あんな出来事の後だしね。あなたのほかに責任をとれる人物が生きているとも限らないもの。ま、どうしても抵抗するっていうなら殺すけど?」
ジャンヌは剣を抜き、構える。
「是非もない」
立ち上がるアーノルト。だがその体は脱力しており、全く敵意を感じさせない。
「そ、じゃあしかたないわね」
ジャンヌは小さくため息をつき、目にもとまらぬ動きでアーノルトの無防備な肩を貫く。血が噴き出し、血の海と同化していく。しかしアーノルトは何の反応も見せない。
「本当に死ぬ気? 私としてはおとなしく捕まってほしいのだけれど」
「断る。殺せ」
アーノルトの目はうつろで、ジャンヌのことなど一切見ていない。
「わかったわ。あなたは殺す。それと外にいる子供たち、あの子たちも組織の一員でしょ? あなたを殺した後はあの子供たちを始末するわ」
その言葉を聞いたとたん、アーノルトの目つきが変わる。うつろな目には生気と投資が宿り、殺意がこもる。ジャンヌによって刺された剣を引き抜き、ジャンヌを切り付ける。
「なんだと?」
「ふふ、いい目になったじゃない」
ジャンヌは切られた頬から流れ落ちる血を拭う。そして転がっている職員の死体から剣を奪い取り、殺意を込めてそれを構える。
そこから先は殺意と殺意のぶつかり合いだった。
二人の戦いは熾烈を極め、建物はそれに耐えきれず崩壊を始める。二人は外に避難し、死闘を繰り広げる。アーノルトとジャンヌの力は拮抗し、互いに傷を増やしていく。
「あら、結構やるじゃない。死にたいんじゃなかったのかしら?」
ジャンヌは血と汗をまき散らしながらアーノルトに尋ねる。
「貴様を俺の人生、最後の標的としよう。そしてそのあと俺も死ぬ」
アーノルトは剣で答える。
アーノルトの戦いの基本はヒット&アウェイ。だが今回はそれとは真逆の捨て身の戦法だった。執拗に足を狙ってくるジャンヌにわざと攻撃させ、その隙にジャンヌにカウンターを食らわせる。結果として数多くの傷を体に刻むアーノルトだったが、ジャンヌを殺せれば後のことはどうでもいい彼にとって、それは大した問題ではなかった。
しかしそのような戦い方で互いの実力が拮抗していれば、先に膝を折るのはアーノルトの方だ。ジャンヌはアーノルトの攻撃をうまく分散し、体への負担を最小限に留めていた。
「はあ、なかなか楽しかったわ。一応お礼をしておく、ありがと」
ジャンヌはアーノルトに止めを刺すべく剣を振り上げる。
ジャンヌの気分は実に高揚していた。別次元の存在である神との遭遇、想像だにできない破壊力、そして拮抗した戦い。そのすべてがジャンヌに刺激を与えた。目の前の男を殺すことだけに集中していた。
ゆえに気が付かなかった。後ろから忍びよる存在に。
「逃げて!」
現れたのはアーノルトが逃がした子供たちだった。
「お前たち……なぜ戻ってきた!」
子供たちは何人も折り重なり、ジャンヌにまとわりついていく。
「逃げて! このお姉ちゃん力強すぎ!」
ジャンヌは剣を捨てる。
「一応逃げた方がいいんじゃないかしら? 安心して、この子たちは人質にするから傷つけたりしないわ。もちろんかかって来てもいいわよ? この子たちを巻き込まずに戦う自信があるのなら」
アーノルトは余裕を見せるジャンヌと、それを何とか抑え込もうとする子供たちを交互に見る。そして少し考え、その場を去る。
「……必ず戻る」
そう言い残して。




