episode 230 「最強誕生の地」
アーノルトはある廃墟の前に立っていた。
「やはり残っていたか……忌々しい」
アーノルトはその廃墟の中へと入っていく。外見とはうらはらに施設の中は設備が整っていた。もっとも設備らしい設備といえばほとんどが拷問器具のようなものだったが。
その一つ一つを暗い顔で見つめるアーノルト。
「組織がほろんだ今、もはやこれらはガラクタにすぎんな」
一つ一つ念入りに破壊していくアーノルト。その音を聞きつけて職員が駆けつけてきた。
「なんの騒ぎだ! 貴様……何者……ってアーノルトか!?」
侵入者を排除しようとやってきたその男はアーノルトの姿を確認したとたん驚きの声をあげ、後ろに倒れこむ。
「まだここは稼働しているのか」
アーノルトは男に目を合わせることもせず、設備の破壊を続ける。
「ああ当然だ。まさかこの施設出身の伝説の男の登場とはな。だが何をしている?」
アーノルトを警戒する男。
「エクシルはおそらく死んだ。ほかのエージェントもだ。組織はおわりだ。ここも解体しろ」
アーノルトの行動に職員は警戒心を強める。
「はいそうですかと従うと思うか? 貴様何者だ?」
職員はアーノルトの指示には従わず、ほかの仲間を呼び寄せる。続々と集まってくる職員たち。
「やめておけ。死体が生まれるだけだ」
職員たちの殺意に反応するアーノルト。
「あんたが本物でも偽物でもこの数相手で何ができる?」
施設の中にたくさんの足音が響き渡る。
(何人集まろうと無駄なことだ……)
設備の破壊を続けるアーノルトだったが、現れた者たちの姿を横目でとらえると破壊の手を止める。
「……訓練生か」
現れたのは年端もいかぬ子供たちだった。組織のエージェントとなるべく訓練されているのだろう。かつての自分がそうだったように。
「さあ子供たち! あの侵入者を倒したものは無条件でエージェントだ! 全員でかかれ!」
職員の怒号ともとれる掛け声で一斉にアーノルトにとびかかる子供たち。皆、目が血走っており必死さがうかがえる。
アーノルトが破壊している拷問器具には何重にも血が染みついており、子供たちにも同様に何重にも包帯が巻かれている。
「まだ続けていたのか、この無意味な拷問を」
アーノルトは襲い掛かってくる子供たちをあしらいながら器具の破壊を続ける。
「無意味じゃあない。現に発現した子供もいる」
「なんだと?」
子供の一人が突然発火する。だがその火を制御できていない様子で、周りの子供たちにも容赦なく火の粉が降り注ぐ。それどころか発動した本人にまでダメージがあるようだ。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
「あついあついあついあついあつい!」
子供たちの絶叫が響き渡る。
「制御できず、使い捨てなのがたまに傷だが」
「馬鹿なことを……」
アーノルトは破壊した器具の一部を手に取り、発火した子供の首を刺し、殺す。そして火が飛び移った子供たちも同様に殺していく。
「その容赦のなさ、やはり本物か? だがいまさらそんなことはどうでもいい。我々は我々で与えられた任務を全うする!」
職員たちも武器を手に取り、アーノルトに向かっていく。
アーノルトは次元の違う存在、ミカエルのことを思い出す。人が触れてはいけない存在。自分たち人間の事情など考えず、意にも介さない。
それが許されるのは、いや許されているのは彼らが強いからだ。我を通すにはそれに伴う力が必要だ。
「なんと小さな存在なのだ。我々人間は」
アーノルトは向かってきた職員の首を掴み、持っていた武器を奪い取って腹を掻っ捌く。
「ごはッ!」
一人が瞬殺されたことで一瞬こわばる職員たち。だがその隙はアーノルトの前では死と同義である。
十数人いた職員は一分後には皆、肉塊と化していた。血の海の中で子供たちは、指導者を失ったためか呆然としている。
「去れ。そして二度と戻ってくるな」
アーノルトの言葉に子供たちは一人、また一人と去っていく。中にはアーノルトに頭を下げる子もいた。
「勘違いするな。ここにいれば必ず息絶えるだろう。だがそれはここから出ても同じだ。貴様らは社会になじむことはできない。それでも死に場所を選ぶことはできる。あとは貴様ら次第だ」
子供たちがいなくなった施設の中でアーノルトは一人血の海に浸かっていた。
「俺は一体何をしている。組織の施設を壊滅させ、何がしたい。組織がほろんだ今、俺は何をすればいい」
組織で生まれ、組織で育ち、組織に捧げたアーノルトにその答えを見つけることはできないだろう。もちろんアーノルト自身もそのことは理解していた。
「俺もここで組織とともに滅びる運命なのかもしれないな」
アーノルトは血の海の中に沈んでいった。




