episode 229 「故郷の地」
セルバに衝撃が降り注ぐ。セルバは加護によって存在が感知できない。ガイアの五月闇によって、確実に今、この空間に閉じ込めてはいるのだが、見えなければ攻撃することができない。セルバの攻撃を防ぐこともできない。
だが、セルバがいくら気配を遮断したとしても存在がなくなるわけではない。この空間すべてを射程範囲にしたガイアの攻撃は容赦なく襲い掛かる。たとえ感知できなくとも攻撃は命中する。少なくともガイアの計算ではそうだった。
だが実際はガイアの攻撃はかすりもしていなかった。雨のように降り注ぐ攻撃をセルバが超絶な反射神経で避けたわけではない。攻撃そのものがセルバを避けているのだ。その事実にすら気づくことは無いガイア。
「どうだ! この数の衝撃を受けて無事でいられる人間はいない!」
勝ちを確信し、五月闇を解除するガイア。そこにはあるはずのセルバの死体は存在していなかった。
(どういうことだ……死んでもなお加護は発動中ということか? だが血痕すらないのは明らかにおかしい……)
セルバの気配は依然として全く感じられない。仲間がやられたというのにムゲンに焦った様子は見られない。
「ムゲン、貴様はそこで見ているだけか?」
「暇があるのか? よそ見をしている」
ムゲンの言葉で振り返るガイア。そこには誰もいない。が、いきなり頭部に衝撃が走る。
「がはッ!」
間違いなくセルバの反撃だ。見えない恐怖がようやく実感できるガイア。
「落ち着け。お前の弟は死んではいない。ただ痛めつけさせてもらっただけだ。しょうがない、抵抗されたのだから」
どこからともなくセルバの声が聞こえてくる。
「死んでいない? そんなことは関係ない! 俺の弟を傷つけた罪は償ってもらう!」
ガイアはダインスレイヴで自らの腕を傷つける。血が滴り、剣がそれをすする。
「力を貸せ、ダインスレイヴ!」
ガイアの体を黒い影が覆う。その影は次第に膨れ上がり、小屋全体を覆い始める。
「退け、セルバ」
ムゲンはセルバに一言告げ、急いで小屋を脱出する。ムゲンが小屋を出てすぐ、小屋は収縮を始め、すべてを飲み込みながらダインスレイヴに吸収されていった。
「豪快だな」
「これならば見えようが見えまいが……かんけ……いな……い」
ガイアはバタリとその場に倒れる。
「その体で無茶をするからだ」
セルバがムゲンの後方から姿を現す。いつから外に避難していたのだろうか、セルバには傷一つついてはいなかった。
「無事だったか、やはり」
「しかしガイアの実力は未知数だな。あれで万全の状態で無いとするならば、やはり彼の力は大きな戦力となる」
セルバは何もなくなった小屋の跡地に横たわるガイアを拾い上げる。ガイアの命を吸い続けるダインスレイヴをムゲンが回収する。
「向かうか、帝国へ」
「ここは……」
組織最強の男、暗殺アーノルト・レバー。ミカエルの裁きをまじかに受けたこの男もまた、ある国へと流れ着いていた。衣服はぼろぼろに引き裂け、隠し持っていた暗器もすべて失ってしまった。
「帝都ではない、ハウエリスでも、セルフィシーでもない。この懐かしい空気……カグラか」
ガイア、マークの故郷、カグラ。十一ある国の中で最小のこの国にアーノルトは流れ着いた。長年鎖国状態にあったため、他国の文化はそれほど存在せず、この国独の文化が色濃く根付いている。初めてこの国を訪れた人間は誰しもがその文化に驚くのだが、アーノルトにそういった様子は見られない。
カグラ。それはアーノルトが生まれた地。そして少年時代を過ごした地。
「変わらないな。いや、進歩していないな、二十年前からひとつも」
アーノルトは同じく流れ着いた死体から衣服をはぎ取り、身にまとう。
「まだ残っていると助かるが……」
アーノルトはある場所を目指して進み始める。あの日捨てた、いや逃げ出した故郷の地を。




