episode 228 「逆鱗」
「誰も居らぬな……」
家の中は血の海だった。それがガイアのものか、アンのものかの判別はつかなかったが、ガイアが無事である保証はどこにもない。そもそもガイアの姿が見あたらない。
だがそれでも死体が転がっているよりはよっぽど希望が持てる。
「逃げたか、連れ去られたか……」
「どちらにせよ生きている可能性は高いっすね」
ヴィクトルとシェイクが真面目な顔で話し合う。ドエフはボロボロになってしまった我が家を見つめている。
「とにかくこれでは話を聞くことができん。奴の居場所に心当たりは?」
レイアに尋ねるヴィクトルだが、レイアから答えが返って来ることはない。
「そうか。ならとりあえずここで待機なのだ。ポーとセルバの帰りを待たねばならん」
「はい……」
ガイアに対してなにもできなくてもどかしいレイア。
(なんて無力なのでしょうか。わたくしにできるのは祈ることだけなのでしょうか? そもそも何に祈ればよいのでしょうか……)
レイアが自らの無力を嘆いていた頃、ムゲンの小屋ではガイアがムゲンからダインスレイヴを受け取っていた。
「お前のだろう。この剣は」
ムゲンに傷ひとつないことに対してさほど驚く様子も見せず、その剣を受けとるガイア。
「倒したのか、アンを」
「無論だ。殺したとは言えんがな」
砂粒レベルにまで細切れにしてなお、アンを殺した実感はわかないムゲン。
「十闘神アテナ。この国を守護すべき存在が何故産み出す。あのような怪物を」
ムゲンの発言に驚くガイア。
「何故やつがアテナの加護を受けているとわかるんだ?」
「見えるのだ。俺には。奴の体は空っぽだ。奴の魂の代わりに神の力が備わっている」
ムゲンの言うとおりアンの魂は既に死滅し、彼女の体を動かしていたのはアテナの力だった。徐々に五感は消滅していき、行き場のない感情は全て外へと吐き出される。いずれは感情すらも消え去り、破壊と再生を繰り返すだけのただの人形となってしまうだろう。
「ムゲン、お前は対峙しただけで相手が加護を受けているかどうかわかるのか?」
期待を目にうかべながら質問するガイア。
「ああ」
「ならば俺に加護は宿っているか!?」
ムゲンは答えない。それでガイアには充分だった。
「そうか……」
うつむくガイア。
「神を信じ、敬うことだ。加護を授かりたければな」
「ふ、それは難しいな」
ムゲンの言葉に過去を思い出すガイア。両親と妹を失ったあの日から、ガイアが神を信じたことは一度もなかった。
「結局頼れるのは己の力のみというわけか」
立ち上がれるまでに回復したガイアが小屋を去ろうとする。ダインスレイヴを杖がわりに扉へと向かうが、ムゲンとセルバのによって止められてしまう。
「……お前たちには感謝している。だが俺は戻らなければならない。邪魔をするな」
睨みを効かせるガイアだったが、この二人に対してはそれは意味をなさなかった。
「お前を無償で助けた訳じゃない。お前には俺たちの戦いに参加してもらう」
セルバがガイアを無理矢理座らせて話しかける。
「戦いだと? 俺は今も帝国からの任務の途中だ。お前たちに付き合っている暇はない」
「そうはいかない。お前は従うしかない」
セルバは一枚の写真を取り出す。そこには血だらけになったマーク、シオン、リザベルトの姿があった。
その写真をガイアが見たとたん、小屋の中の空気が変わる。壁が軋み、小屋全体がガタガタと揺れる。
「貴様ら……死にたいのか?」
ガイアの殺気にあてられてセルバの体が硬直する。
『五月闇!』
ガイアとセルバを取り残し、世界が闇に包まれる。
「なんだ……この空間は」
セルバの視界が黒く染まる。
「ここはダインスレイヴが作り出した異空間。貴様は死ぬまで出ることはできない」
ガイアが殺気を膨れ上がらせて近づいてくる。だがセルバとてみすみす殺されるわけにはいかない。
「……加護か」
セルバの気配が消える。気を巡らせていなければセルバの存在すら忘れてしまいそうだ。
「だが貴様はそこにいる。俺に加護の事を話したのが運のつきだな」
ガイアは剣を構える。
『驟雨!』
ダインスレイヴを天に向かって突き上げるガイア。するとそれは幾千もの衝撃となって地に降り注ぐ。
「貴様に回避することは不可能だ! 死ね! そして後悔しろ!」
ガイアの叫び声が闇にこだました。




