episode 224 「アンと邪剣」
アンの進行を止められるものは誰もいなかった。
アンの通った後には死しか存在せず、草木は枯れ、動物たちは死滅した。望み通り殺戮の限りをつくしている彼女だが、そんな彼女の表情は明るくはない。
「んー、とても楽チンですが、ちょと張り合いがないですね」
自らの手での殺しが性に合っている彼女にとって、ダインスレイブはある意味相性が最悪だった。
「やっぱり人じゃないと駄目ですね……あ!」
落ち込むアンの視線の先に、二人の人影が映り混む。全速力で駆けていくアン。
「ライ、誰か走ってくるよ」
「レフ、誰か走ってくるな」
アンに見つかってしまったのはディケンズ兄弟だった。まったくアンから敵意を向けられていなかった為か、そこから離れようとしない二人。異変を感じ取ったのはアンの握る剣を目視してからのことだった。
「なんだあの剣は……レフ! すぐに逃げ……」
左に目線を移すライ。だがそこにいたはずのレフの姿は無い。
「ライ!」
レフの悲痛な叫び声が聞こえる。そちらを振り向こうとするが、体が動かない。息も出来ない。下半身の感覚もない。ゆっくりと魂を吸われていく感覚だけが残っている。
「ハハハハハ! 楽しい、楽しいです! やっぱり人は素晴らしい!」
喜びのあまり天を仰ぐアン。レフはライの死体の隣で泣き叫ぶ。
「ライ! ライ! ライ!」
その悲鳴を心地良さそうに聞くアン。しばらく殺しの余韻に浸るとアンはレフの背中に剣を当てる。
「さ、次はあなたの番ですよ。あ、そうだ。死ぬ前に他の人のところに案内していただけないですか?」
にっこり笑うアン。恐怖のあまりに走り出すレフ。
「ひぃ!」
「そっちにいるんですね!」
追い付かない程度に追いかけるアン。必死に逃げるレフを笑いながら追いかける。
(あの兵士だ! あの兵士のところにいけば何とかしてくれるはず……)
レフはガイアのところに急ぐ。ガイアのあの身のこなし、ただ者ではないはずだ。
戦僧の家が見えてくる。
「あれですね!」
グサリ。
「あ……」
わずかながら希望を抱いていたレフの体に刃が突き刺さる。血と魂が吸われていく。
「ああ……リーダー」
レフは家へと這いつくばっていく。アンの興味は既に家の方へと移っているようで、レフへは微塵も向けられていない。
「何人いるのでしょうか!」
スキップしながら家へと向かうアン。レフは手を伸ばすが、もう先へは進めない。炎天下に晒されたミミズのように干からびて死亡した。
コンコンとドアをノックするアン。
「なんすか? ディケンズっすか? なんでノックなんか……」
微塵も警戒するそぶりを見せぬまま、扉を開けるシェイク。そこにたっていたのは見知らぬ女性だった。
「誰すか?」
「こんにちは、私はアンです」
その名を聞いていち早く行動するガイアとレイア。
「下がってください!」
「え?」
レイアが叫ぶ。シェイクがレイアの方を向いた隙に剣を取り出し、シェイクに突き刺すアン。だがアンの剣はシェイクに突き刺さることはなかった。ガイアがシェイクの足を引っ張り倒したからだ。
「な、なんすかあんた!」
「ですからアンです」
立て続けに攻撃を仕掛けるアン。かろうじて攻撃を避けるシェイクだが、脇腹にかすり傷をつけてしまう。それを見て慌てるガイア。
「その剣は……まずい、今すぐ離れろシェイク!」
「大丈夫っすよ、かすり傷っす!」
余裕ぶるシェイク。だが彼自身感じ取っていた。底知れぬ恐怖を。
(なんすか……力が、抜けていく……)
シェイクの傷口から魂が吸いとられていく。
「っ! レイア!」
「はい!」
ガイアは木の棒でアンを牽制する。
「あれ? あなたは……どこかで」
「ああ。もう会いたくは無かったがな。それは俺のだ。返してくれないか」
ガイアがアンの相手をしている間にレイアはシェイクとドエフをヴィクトルのいる部屋の方へと連れていく。
「シェイクさん、しっかりしてください!」
「面目ないっす。結局あの人に助けてもらうなんて……」
部屋にはいったドエフはのんきに寝ているヴィクトルを叩き起こす。
「む……な! なんだというのだ!」
「逃げるっすよ!」
寝ぼけるヴィクトルをドエフが担ぎ上げ、窓から逃走するレイアたち。
「ガイアさん……どうかご無事で」
この場をガイアに任せ、アンからできるだけ離れる。




