episode 219 「戦僧」
テノン神殿。十闘神アテナを祀る神殿。同じく十闘神であるミカエルによって組織の本部である小島を滅ぼされ、そこにいた人々は散り散りに流されてしまった。
帝国軍准将ガイアレ・オグール、レイア・スチュワートの二名が流れ着いたのがこのテノン神殿だ。レイアに目立った外傷はなかったが、ガイアはレイアを庇ったため足の骨を折ってしまった。ガイアは傷を癒すため、そしてレイアはガイアを補佐するため、テノン神殿に滞在することにした。幸い神殿には生活に必要な最低限のものは一通りそろっており、二人で生活する分には不自由しなかった。
ガイアとレイアは徐々に打ち解け、夜になるとレイアは安心して眠りについた。だがガイアは気づいていた、神殿の周りを何者かに囲まれていることを。
(五人、いや六人か。少々厄介だな)
ガイアは折れてしまっている自分の足を見つめる。足を引きずりながらも神殿の入り口で迎え撃つ準備に取り掛かる。
(レイアは俺が守る。もう、誰も死なせない)
その時、レイアのいる寝室のほうから悲鳴が聞こえる。間違いない、レイアの悲鳴だ。
「クソ! 別の入り口があったか!」
ガイアは足を庇う様子もなく、無理やりレイアのもとへと戻る。しかしそこにはすでにレイアの姿はなかった。
いやな記憶がよみがえる。忘れたくても一生忘れることはできないであろう、カグラでの記憶が。
「セレーネ……」
ガイアは先ほどまでレイアが寝ていたベッドに倒れこむ。アドレナリンが切れ、足の痛みに立っていられなくなったのだ。
辺りの人の気配はすっかりなくなっていた。静寂の中、ガイアの怒りだけが静かに燃え上がる。
「ふざけるな……失ってたまるか、もう二度と」
神殿内が殺意に満たされていく。
「はあはあ、やった、やったぞお前たち!」
「はいリーダー! これで俺たちも英雄ですね!」
神殿からレイアを攫った男たちが夜道を駆け抜けながら嬉しそうに称えあう。
「離してください!」
大柄な男に抱えられているレイアが足をばたつかせながら叫ぶ。
「安心しろ少女よ! 君は救われた! われら戦僧によってな!」
「せん……そう?」
聞きなれない言葉に首をかしげるレイア。
「この辺りを守護する自警団の一種っすよ。うちらのリーダーが海岸で攫われるあんたを見つけたんすよ」
細目の男がレイアに説明する。天パのリーダーと呼ばれた男が鼻を高くする。
「しかし難儀だったぞ。何しろお前を攫ったあの男、恐ろしく強そうだったからな! 私が本気を出しても勝てるかどうか……」
「足、ふるえてるっすよ」
「う、うるさいぞ、シェイク!」
シェイクと呼ばれた細目の男に震えを指摘され、顔を赤らめるリーダー。
「あの人はガイアさん……私の仲間です! 今すぐ引き返してください!」
レイアはこの男たちに若干気が抜けながらも、抵抗を続ける。
「恐怖で気が動転している……休息が必要だ」
レイアを抱える大柄な男がレイアを押さえつける。
「おいドエフ! 丁重に扱えと言っておいただろう! 彼女は私の妃となるのだからな!」
「はい? 今なんとおっしゃいました?」
顔を赤らめるリーダー。レイアは何かの間違いかと聞き返す。
「何度も言わせるでない……お前は、私と結婚するのだ!」
「えええええええ!」
闇夜にレイアの声が響き渡る。
ガイアは折れた足を木で再び固定し、紐でぐるぐる巻きにする。痛みは怒りでカバーし、怒りを力に変える。武器らしい武器が無いので、とりあえず食事に使ったフォークを忍ばせる。
「どこの誰だか知らないが、貴様らが再び太陽を拝むことは無いと思え……」
帝国軍准将、ガイア・レオグール。一人の少女を救うべく、鬼神と化す。




