episode 218 「ガイアとマーク」
「……は?」
ガイアは目を疑った。セレーネは言葉を失い、ただただ口を覆った。
そこには数人の兵士とマーク、そして変わり果てた両親の姿があった。
「ガイアお兄ちゃん! セレーネお姉ちゃん!」
マークが涙をボロボロ流しながら二人に叫びかける。その声に反応し、兵士たちが振りかえる。
「ちっまだ居たか。だからさっさとこのガキも殺して奪えばよかったんだ!」
一人の兵士が血塗られた剣を持ちながら嘆く。その剣と倒れる両親の姿を見たガイアの中で何かがプツンと切れた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ!」
叫び声をあげながらその兵士に突っ込むガイア。止めようとするセレーネの声もその耳には届かない。
「うおっなんだこのガキ」
ガイアの渾身の一撃をいとも簡単に受け止める兵士。
「やるじゃねぇか。こんな東国にも居るんだな、素質を持ったヤツが」
ガイアの腹を思い切り蹴り飛ばし、喉元に剣を突き立てる。
「残念だぜ。死ね」
兵士から放たれた殺気に身動きがとれなくなるガイア。
「お兄ちゃん!」
「お兄様!」
マークとセレーネがガイアを守ろうと兵士とガイアの間に割って入る。
「離れろお前たち! 相手は本物の兵士だ! 殺されるぞ!」
「良いねぇ兄弟愛。そういうの嫌いじゃないぜ? だけどな、愛じゃ命は救えない」
兵士は剣を振り上げる。
「止めろ」
他の兵士が止めに入る。
「子供を殺すのは大佐の意思に反する。我々の任務は殺しではなく強奪だ。七聖剣を奪って退散するぞ」
「……わかったよ」
兵士はそう言って振り上げた剣を下ろす。マークに向かって。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぉぁ!!」
「マーク!」
剣はマークの右目を切り裂いた。隣にいたセレーネが叫ぶ。
「おい大尉! どういうつもりだ!」
兵士がマークを切りつけた大尉の肩を掴む。ニヤリと笑って振り返る大尉。
「殺してはいませんよ少佐。さ、今のうちにブツを……」
とてつもない殺気を感じ、振り返る大尉。急いで剣で受けるも、左腕に深い傷を負ってしまう。
「へへ、本当に驚いた。普通なら恐怖で動けなくなるんだがな。お前は恐怖で吹っ切れるタイプみたいだな」
腕を抑え、称賛を送る大尉。そこには涙を流しながら剣を握りしめるガイアの姿があった。
「はぁはぁはぁ。殺してやる……」
「いいねぇ。本気で殺してやる!」
殺気と殺気がぶつかり合う。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
マークの悲鳴が辺りをこだまする。ガイアとの殺し合いを楽しもうとしている大尉によってマークの存在は邪魔でしかなかった。
「うるさいな。先に殺しとくか」
「おい大尉!」
大尉は少佐の静止を無視し、マークに剣を突き刺す。
「やめろぉぉ!!」
ガイアが止めに入ろうとするが、とても間に合わない。
グサリ
剣が肉に食い込む。だが刺されたのはマークではなく、その姉セレーネだった。
「ごふっ!」
血を吐き出すセレーネ。
「あーあーもう。女を殺す気はなかったのによ」
大尉は剣を引き抜く。突き刺された腹からは大量の血が溢れ、白い巫女服を赤く染め上げていく。
ガイアは膝を落とし、セレーネを抱き抱える。マークは気を失ってしまう。
「お兄……様」
セレーネの顔はみるみるうちに生気を失っていく。
「大尉……貴様の処分は後で決定する。七聖剣を持って退散するぞ。これ以上やると言うならここで私が貴様を断罪する」
少佐は三人の子供の姿を見て、拳を握りしめる。
「へいへい。わかりましたよ少佐」
大尉は適当に返事をし、ひょいと七聖剣雷電丸を持ち上げその場を去ろうとする。
「待て」
ガイアが声をかける。
「待たない。お前はどうせ俺には勝てないし、俺もここで少佐に殺されたくはない。だからお前が大人になったら相手してやるよ」
兵士たちは本殿を去っていく。
「待て!」
後を追おうとするガイアをさらに吐血するセレーネが止める。
「お兄様……行かないで……そばに……いてください」
セレーネは震える唇で言葉を絞り出す。
「セレーネ! くそっ、何でこんなことに!」
大粒の涙をボロボロ流すガイア。
「マークを……お願いします」
「待て、待ってくれセレーネ!」
セレーネの手を握りしめるガイア。セレーネは目を閉じる。
「お兄様とマークに、神のご加護がありますように」
セレーネの瞳が開くことは、もう二度と無かった。
「神のご加護? セレーネ、神なんて居ないんだよ」
冷たくなったセレーネ手を握りながら辺りを見渡すガイア。横たわる両親の死体と目から血と涙を流すマークの姿がそこにはあった。
ガイアは両親とセレーネの死体を裏の山に埋葬した。
本殿に戻ったガイアは雷電丸が奉納されていた祭壇に目をやる。
「いるとしたら邪神だな」
ガイアは剣を握りしめ、祭壇をめちゃくちゃに破壊していく。すると中から一本の剣が現れる。それはとても禍々しく、手にした瞬間に心を吸われていく感覚があった。
「な、なんだ!」
剣を手放すガイア。地面に落ちたそれは辺り一面に広がる血をすすり始める。あっという間に両親とセレーネの死の痕跡は消えてしまった。
「うう」
マークが目を覚ます。
「気がついたか!」
マークに寄り添うガイア。
「……誰ですか?」
「マーク?」
マークはキョロキョロとしている。
「何も思い出せない……」
マークは記憶を無くしてしまっていた。目の前で両親と姉を殺されたことに、彼の心は耐えきれなかったのだ。
ガイアはマークを抱き抱える。そしてやさしく抱き締める。
「何も思い出さなくて良い。お前の名はマーク。俺はお前の兄、ガイア。今はそれだけで良い。お前が生きてくれていればそれで良い」
ガイアはマークを抱き締めながら、マークに見えないように大粒の涙を流す。
「これからどうするの?」
マークがガイアに尋ねる。何も記憶がなく、この建物の異常な荒れよう、何もかもが理解できないことばかりだったが、この人に付いていけばなんとかなる。そんな気分になるマーク。
「……軍に入る。そしていつの日か必ず」
マークの目はもう再起不能になっていた。セレーネの裁縫道具の中から適当な布を選び、マークの眼帯を作るガイア。
「痛くないか?」
「痛い。でも僕よりお兄様の方が痛そうな顔してる」
マークの言うとおりガイアの顔はグシャグシャになっていた。
「お兄様はやめてくれないか」
セレーネの顔が頭に浮かぶ。
「じゃあ、兄上」
「ああ、それでいい」
二人は簡易的ないかだを作り、海に出る。
「目的地は兵士たちの国、モルガント帝都だ。そこで俺たちは兵士になる」
マークはガイアの言葉より、彼の持っている剣に興味を持つ。
「兄上、それは?」
「ああ、これか」
ガイアの手には呪われし聖剣、ダインスレイヴが握られていた。
「お前は知らなくて良い」
「ふーん」
ガイアは帝国を目指す。両親とセレーネを殺した左腕に傷のある男を殺すために。




