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スティールスマイル  作者: ガブ
第一章 ゼロとレイア
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episode 2 「組織」

屋敷の中は騒然としていた。主が危険に巻き込まれたのだから当然だ。


「この街に殺人鬼が紛れ込んだ! すぐに警備を固めるのです!」


執事長が使用人たちに指示を出す。使用人たちも街の一大事とあって機敏に行動する。そんな騒動の中でも何食わぬ顔で日課の散歩をこなそうとする屋敷の主を見て、執事長は腰を抜かしそうになっている。


「な、なななな何をしているのですかお嬢様!」

「何って、散歩ですよ。爺や」


主のまさかの行動に屋敷のものたちは作業の手を止め、一斉にレイアに駆け寄っていく。


「なりません!殺人鬼が出たのですぞ!」

「殺人鬼ではなく、殺し屋さんです。お仕事だと仰っていましたよ」

「同じではありませんか! 人殺しです! 今、街に出ては危険です! 殺されてしまいますぞ!」


執事長の言葉に使用人たちも皆同意件のようで、レイアを取り囲む。彼らにとってレイアは大切な主人だ。しかし当の本人であるレイアはその行動に疑問を感じ、首をかしげている。


「ではなぜあのとき、わたくしは殺されなかったのですか?」


レイアの言葉にただでさえ人が少ない屋敷が静まり返る。何を言っているのか理解できないらしい。そんな彼らの様子などおかまいなしにさらに続けるレイア。


「わたくしは殺人の現場を目撃してしまったのですから、殺されて然るべきだと思いませんか?」

「そ、それは……しょ、証拠を残したくなかったからとかっ!」

「生きている人間と死んでいる人間。どちらがより証拠能力があるかは明白ではないですか?」


新人メイドの必死の言葉は簡単に返される。


「それはきっと仕事だから、無関係の人間にてをかけるのは奴の流儀に反するから、そう言いたいのですね」


馬鹿げた話だと思いながらも、レイアを理解しようとする執事長。レイアは彼の言葉に満足そうに微笑んでいる。


「ですがいつあなたが殺しの標的になるか分からないのです。あなた様は貴族、それも世界に名高いスチュワート家の人間です。この街の人々はそうでなくとも、あなた様をよく思わない人間は沢山いるのです。あなた様に少しでも危険があるならば、命を懸けて護る。それが我々の仕事なのです。ご理解ください」


老紳士のいつもの優しい眼差しはより力強さを増し、レイアに向かって注がれる。彼の言葉はしっかりとレイアに伝わり、レイアも自分の浅はかな行動を反省する。


「わかりました。街の皆さんに伝えてください。わたくしは元気だと」


自室へと戻るレイアの姿を見送り、胸を撫で下ろす使用人たち。執事長も深いため息をついて額のシワを伝う汗をぬぐう。



噂の人物、殺し屋は隠れ家に戻ってきていた。そして服を脱ぎ、腰を下ろし、武器の手入れをしながら昨日出会った少女のことを思い出していた。今まで彼が銃を向けた相手の結末は、死か逃亡の2通りしかなかった。しかし彼女は逃げもせず、死にもしなかった。ましてや殺しの現場を見て微笑みかけてくるものなど今まで出会ったことがなかった。

一つ、後悔があった。標的以外を傷つけたことだ。無関係であるレイアに危害を加えたことは納得がいかない。だがあの状況で自分に向けてくる笑顔を見て見ぬふりなど到底できない。明確な怒りが心の底から込み上げてくる。


(レイア、と名乗っていたな)


脳裏に焼き付いたあの顔を消し去るためには、恐怖に引きつった顔にし、彼女を抹殺するしかない。ゼロは手入れした愛用の銃を懐にしまい、資料をあさり始める。いくら怒りに支配されているからとはいえ、私欲で殺しを行うのは彼の流儀に反する。ならば正当な依頼として彼女を抹殺するしかない。幸い彼には巨大な組織がバックについていた。



この世界を裏で操る謎の団体。通称組織。その組織が飼い慣らす26人の殺し屋集団がいた。その中でも最強と言われるふたりの殺し屋がいる。


Aの称号を持つ暗殺のアーノルト、そしてZの称号を持つ惨殺のゼロ。


ゼロは組織から送られてくる殺害リストに目を通す。殺し屋たちはリストから標的を選び、殺害し、報酬を得ている。


(貴族ほど命を狙われている連中はそうは居ない)


膨大な量の殺害リストから貴族だけをピックアップし、レイアの名がないかくまなく探すゼロ。程なくして彼女の名を見つけるが、一足遅かった。資料によると、レイアにはすでに別の殺し屋が向かったと記されている。組織のコードネームであるBの文字と共に。


「爆殺のバロードか、悪いが貴様にその女は渡さない」



レイアは自室に籠っていた。正確には籠らされていた。もはや軟禁に近い。皆が自分を大切にしてくれるのはわかってはいるが、煩わしくもあった。


(つまらない)


レイアには友達はおろか家族すらいない。話し相手は使用人だけ。しかし厳戒体制の今はそれすら叶わない。何もする事の無いレイアはいつのまにか眠りについていた。夢の中では何でもできる。唯一残された自由を満喫するレイア。覚めるまでそこは彼女だけの世界だ。しかし夢はいずれ覚める。どんな幸せもいつかは終わってしまう。だが、まさか今ここで終わりを告げられるとは、夢にも思っていなかった。


レイアが次に目を覚ましたとき、屋敷は一変していた。轟音が鳴り響き、つんざく悲鳴に耳が犯される。部屋を出ると惨劇はより鮮明に映し出された。火薬と肉の焼ける臭いが嘔吐を誘発する。屋敷は死の臭いが充満していた。


「……っっ!!」


言葉になら無い悲鳴を圧し殺すレイア。あの青年と出会った時と状況は似ているようでまるで違う。今にも逃げ出してしまいたいが、1人で逃げることなどできるわけもない。ガクガクと体を震わせながらも、一歩ずつ進んでいく。ほとんどの使用人はすでに息を引き取っているようだが、呻き声の他にもまだ生き残ったであろう者たちの声が聞こえている。一筋の希望を掴んだレイアは、決してそれを逃さないようにとすがり付く。広間へと進むと生き残った執事達は一人の男を取り囲み、必死に抵抗していた。


髪を真ん中で分け、眼鏡を掛けたその男の体はゆうに100キロは有りそうな巨体で、眼鏡の奥から覗く眼は瞳孔が開ききっており、両手に握る爆発物を見ずとも危険人物であることが伺える。男はケラケラと高笑いしながら次々と使用人達を爆破していく。レイアは怒りと悲しみと絶望に震える心をなんとか保ちながら、声を張り上げる。


「やめて!お願いだからもうやめて!」


男は作業を続けつつこちらに視線を移す。


「おやおやターゲットのお嬢ちゃんじゃないですか。誰も居場所を吐かないものですから、ここにはいないのかと心配していましたよ」


男の口調は穏やかだが、ズシリと心にプレッシャーを与える。


「わたくしはここです! その者達から離れて!」


レイアの願いは届かず殺戮は続く。


「メインデッシュは前菜の後に必ずいただきます。この殺し屋、爆殺のバロードがね」


彼らたちの力では到底バロードには敵わない。しかし使用人たち誰一人として逃げ出そうとはしない。当然レイアを守るためだ。レイアも痛いほどその事実を理解しているが、彼女はただ使用人たちが爆破されていくのを眺めていることしかできなかった。


バロードは大方始末し終えると、飽きたのか大雑把に爆破する。生き残った僅かな人たちが、レイアの悲鳴をかき消しながら一斉にこの世から消えていく。


「お待たせしました。死に仕度は済みましたか? 殺し屋に殺されるなんて中々体験できることではありません。あの世で自慢できますよ」


レイアに抵抗するすべはなかった。溢れ出る涙を止めることも、もう止めた。その代わり、真っ直ぐと目の前の男を見据え、心の叫びを放つ。


「あなたに、殺し屋を名乗る資格はありません」

「殺し屋に資格なんて要りませんよ。ただ、殺す力があればいいんです」


レイアに向かって手榴弾が投げつけられる。次の瞬間爆発した。だがそれはレイアから大分離れた上空だった。予想外の事態だが、バロードはすぐ後ろに向かって問いかける。


「誰ですか? 私の仕事の邪魔をするのは」


屋敷の入り口にはあの悲しい目をする青年がいた。


「俺の獲物に手を出すな」


死神がやって来た。

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