episode 197 「老兵」
パーシアスは目の前の老人の姿を見て、一瞬で萎縮してしまった。
「白地に黒の線……元帥だ」
後ずさりをし始めるパーシアス。
「なんだ、怖じ気づいたのか。戦う気が無いのなら貴様も何処かへ飛ばすぞ」
「ああ! 是非そうしてくれ! そちらの方が生き残る確率が高そうだ!」
イルベルトに食いぎみで答えるパーシアス。
「あれは帝国軍三万の頂点だ!まともに戦って勝てる相手じゃない! アーノルトが敵わなかったのも納得だ」
「三人でかかれば勝てるわよ!」
完全に戦意を失っているパーシアスを、奮いたたせようとリラが声をかける。
「三人でやってアーノルトに勝てるか!?」
すぐさま反論するパーシアスに何も言葉を返せないリラ。
「話し合いは終わったか? 今生で最後の会話だ。しっかりと生を噛み締めるがいい」
ゆっくりと、そしてずっしりとしたイシュタルの言葉に体を縛られる三人。
「パーシアスといったな。貴様の事など知らんが、貴様は軍にゆかりがあるようだな。我々に忠誠を誓うのなら助けてやらんでもない」
「ほ、本当か!」
思わぬイシュタルの言葉に喜ぶパーシアス。
「是非そうしてくれ! 俺は忠誠を……」
パーシアスの言葉は途中で途切れた。足元に現れた亜空間に吸い込まれてしまったからだ。
「ちょっとイルベルト!」
「仕方がない。あいつはもう駄目だった」
イルベルトは亜空間からゼクスの作り出したミニブラックホールを取り寄せる。
「ゼクスの力か……なるほどゼクスを倒したと言うのは本当らしい」
「そして今からお前も倒される」
リラの力でブラックホールを操り、イシュタルに向けて飛ばす。周りのものを飲み込みながら猛スピードで進んでくるブラックホールに対してイシュタルは別段慌てるようすもなく、剣を構える。伝説の加護を受けし剣、七聖剣エクスカリバーを。
ブラックホールの重力がイシュタルを襲う。吸い込まれる力を利用し、イシュタルはエクスカリバーの剣先でそのブラックホールに触れる。するとそれは一瞬で弾け飛んだ。
「バカな……何をした!」
目の前の光景が理解できず、取り乱すイルベルト。
「何を驚いている。それはゼクスが作り出したのだろう? それを儂が破壊できないわけがない」
イシュタルは乱れた髪をかきあげながら答える。
「イルベルト、下がって!」
リラが叫び、無数の針を操ってイシュタルに向けて飛ばす。
「芸が多彩だな。見世物小屋にでも入ったらどうだ」
イシュタルはエクスカリバーを一回振る。その風圧を受けた針は粉々に砕け散る。
それでもリラは間髪いれず攻撃を続ける。イルベルトの作り出した亜空間に次々と針を流し込み、イシュタルの背後に出現させた亜空間から飛び出させる。そして前方からも別の針で攻撃を仕掛ける。イシュタルが攻撃を受けている間、イルベルトも四方八方に亜空間を作り出し、そこからゼクスたちから蓄えた攻撃を放つ。
「小賢しい」
その全てを完全に受けきるイシュタル。だがこっそりと頭上に開いた亜空間から放たれた一本の針には反応が遅れた。なんとか避け、直撃は防いだものの、針はイシュタルの右腕をかすめる。
膝を落とすイシュタル。
「毒か……」
みるみるうちに腫れ上がっていく右腕を見ながらイシュタルが呟く。
「その通り。そしてその毒は加護でも何でもない普通の劇薬。あなたの力では防げない。終わりよ」
勝利を確信し、強気になるリラ。イルベルトもようやく冷静さを取り戻す。だがそれも一瞬の出来事に過ぎなかった。
イシュタルは左手で傷を押さえる。するとみるみるうちに腫れは引いていき、傷口も完全にふさがった。
「何か言い残す事は?」
「……」
「……」
イルベルトもリラも何も答えられなかった。そして二人は亜空間の中へと消えていった。
マークとシオンがリザベルトを抱えながらイシュタルに近づく。
「元帥殿……」
「無様だな、マーク・レオグール中佐。自分らの身すら守れんとはな」
「返す言葉もございません」
下を向くマーク。
「そこの寝ている小娘にも伝えておけ。帝都は儂一人で充分だ。貴様らはローズの援護に向かえ」
「え、組織本部じゃないんですか?」
すっとんきょうな声をあげるシオン。
「貴様らが行って何ができる? 足を引っ張ること以外に」
「うう……」
言い返せないシオン。マークとシオンはイシュタルから逃げるようにして、リザベルトの手当てをするためヴァルキリア邸へと向かった。




