episode 194 「イルベルト」
岩は弾丸となってシオンたちに向かって飛んでくる。
「離れてリズちゃん!」
シオンがリザベルトを突き飛ばす。
「っ、ナルス少佐! 危ない!」
リザベルトが叫ぶ。
「折れて潰れて死になさい!」
「氷牙は折れない! 氷牙拳法第二の形!」
勝利を確信して笑うリラに向かって言い放つシオン。シオンは両手の掌底を合わせ、前方の岩に向かって突き出す。
『双氷葬!』
飛んできた岩を受け止めるシオン。掌から放たれる氷の牙。同時に甚大なダメージが体全体に伝わる。
「あ、うぅ! まだ! 第一の形!」
シオンは左手で岩を受け止めたまま、右手を腰の位置まで引く。
『氷牙!』
氷の牙を宿した右腕を岩に向かって突き出すシオン。双氷葬によってヒビが入っていた岩は完全に砕け散ってリラに向かって降り注ぐ。が、リラはただ念じるだけでそのつぶては方向を再びシオンへと移行する。
「驚いたわ。でもその腕でこの数の石をどうにかできる?」
リラの言うとおりシオンの両腕は岩を受け止めた衝撃でボロボロになってしまい、例え小さな石でさえ弾くのは困難だ。リラだけではなく、シオンもそしてリザベルトもそれはわかっていた。
「ナルス少佐!」
「リズちゃん! 来ちゃダメ!」
リザベルトはシオンの前に立ち、剣を抜いて石つぶてを弾く。が、石を全て弾くことはできない。剣は折れ、骨が折れる。それでもシオンの盾となり、シオンへのダメージを軽減する。
「リズちゃん!」
意識が朦朧とするリザベルトに氷の涙をこぼしながら呼び掛けるシオン。
「少佐、あの者に……勝つにはあなたの力が必要です。私はあなたに……託します」
リザベルトはそこで意識が途絶える。
「リズちゃん……いえヴァルキリア中尉。わかった!」
シオンは外れた肩を無理やりはめ直し、傷口は氷でコーティングする。
「まったく、死んでないわよね?」
「あなたは絶対許さない!」
にらみ合うシオンとリラ。
パーシアスとマークの剣劇は熾烈を極めた。剣の腕はほぼ互角。剣の性能は七聖剣を持ったマークがやや有利。だがパーシアスの気迫がその差を感じさせない。
「マーク! 貴様にあって俺に無いものは何だ! 実力、素質、忠誠心! 俺は貴様に劣っていない!」
「だがお前には正義がない」
剣と剣を合わせる両者。
「正義? 笑わせるな! 正義の定義などこの世には存在しない! 自らの信じる道、それが正義だ!」
「ならば俺は俺の正義をかけて、お前を葬る! 来い、パーシアス!」
マークはウォーパルンを鞘に収める。ウォーパルンは実体の無い剣。敵はこの剣を受けることはできないが、こちらもこの剣で相手の剣を受け止めることができない。激しい打ち合いが予想されるこの戦いにおいて、ウォーパルンは諸刃の剣となり得る。パーシアスを相手にリスクを背負うのをマークはよしとしなかった。
「一刀だけとは余裕だな。それとも余裕がないのか?」
「何を言いたいのかわからないが、俺は全力でお前を倒す!」
組織のエージェント一身長の高いイルベルト。そのイルベルトはゼクス、ライズ、ロイを相手にしながらも、回避と防御に重点を置き、戦いに余裕を見せていた。
「いつまでなめたことしてやがる! 殺る気がねぇならとっとと失せろ! カスが!」
避けるばかりで攻撃をしてこないイルベルトに対して怒りを感じ、暴言を浴びせるゼクス。
「同感だ。なんのために戦場にいる、拳が疼かないのか?」
ライズが拳に巻いた包帯を直しながら続ける。
「どうでもいイ! 殺ス!」
ロイは鎌を振り回しながらイルベルトに突っ込むが、イルベルトは容易くそれをかわす。
「チッ」
舌打ちするゼクス。
(ロイは六将軍最速……それを簡単に避けやがる。実力は本物だ。気に食わねぇ、気に食わねぇぞ!)
ゼクスの周りからバチバチとエネルギーが弾ける。
「どけ! ロイ! テメェも殺すぞ!」
ゼクスは目の前に重力の塊を作り出す。
「驚いた。ここまでのエネルギーを持った加護は見たことがない」
「ミニブラックホールだ! チリになりやがれ!」
ゼクスはそれをイルベルトに向かって投げつける。周りのものを飲み込みながら進んでいくブラックホール。避けようとするイルベルトだったが、強力な重力がそれを許さない。
「ギャハハハハハハハ!」
勝ちを確信して笑いだすゼクス。だが突如そのブラックホールはイルベルトの前から姿を消す。
「は?」
顔がひきつるゼクス。それを見て余裕の表情を見せるイルベルト。
「どうした? もう終わりか?」
イルベルトは手を広げる。するとイルベルトの目の前に謎の黒い空間が現れる。
「自己紹介がまだだったな。俺はイルベルト。移殺のイルベルト。空間を支配する加護を受けている」
三人の目を見開いた顔に初めてイルベルトは笑顔を見せた。




