episode 185 「打倒アーノルト」
ゼロ、フェンリー、ワルターの三人はシスに別れとお礼を告げ、ホルス教会をあとにする。
「世話になった」
「神のご加護があらんことを」
三人はケベフの探索を始める。ケベフは他の都市に比べ、それほど発達した都市ではない。どちらかというと観光地の色が強く、至るところにホルスをモチーフにしたと思われる石像や彫刻が置かれている。
「俺らの国じゃここまで十闘神伝説は浸透してねぇよな?」
フェンリーが疑問を口に出す。
「モルガント帝国でもそうさ。軍人以外は加護のことについてもよく理解はしていないよ。でもここは違うようだね」
ワルターにとっても、ここまで十闘神を信仰している土地は珍しかった。
「そもそも十闘神とは何なんだ? 実在するのか?」
「それはそうさ。十闘神は誰の心の中にも存在する」
ワルターの答えに不満そうな表情を見せるゼロ。
「俺も実際に見たことはないよ。どんな姿、形をしているのかもわからない。この町の彫刻もそうだろう?」
確かに石像も彫刻もどれも形や大きさがバラバラで、姿も様々だ。
「だが実際、あの教会には何者かの気配があった。それも今まで感じたことがないような次元を超越した気配だ」
ゼロは教会での出来事を思い出す。圧倒的高みから見下ろされているかのような、いや見下ろされてすらいない。まるで自分達が虫のような、気がつかない間に踏み潰されてしまっているような、そんな気分だ。
「確かにあれは普通の人間に醸し出せるオーラではなかったね。まさしく神のオーラだ。誰かに会いに来たんだろうね、加護を授けに」
ワルターの言葉で自然と視線がフェンリーに集まる。
「なんだよ。俺も会ったことねぇよ」
シスは言っていた。神は加護を与えるとき、人の姿となってこの世に降り立つと。
「厳密に言えば私は加護を受けているわけではありません。受けたのは私のご先祖様です。私はその恩恵を受けているにすぎません。あなたももしかしたらそうなのかもしれませんね」
フェンリーは両親の顔を知らなかった。自分の力について疑問を抱いたこともなかった。この力を含めて自分なんだという自覚があったからだ。
十闘神。それはこの世界を創ったとされる十人の神。二千年前、この世界に襲来した侵略者から世界を守った英雄。彼らはその後世界を十の国に分け、それぞれの国の守り神となった。そう言い伝えられている。
これはあくまでも伝承。そう考えている人も現在では少なくない。
「ゼロ、お前が何考えてるかわかんねぇが、加護なんてろくなもんじゃなぇぞ。そりぁこの力で随分と助けられたがよ、はたから見れば俺は化物だ。それ以上に不幸な目にもあってきた」
その力ゆえにフェンリーは生まれて直ぐに捨てられた。海賊に拾われるまで言葉もろくにしゃべることができず、他人との関わりは争いでしかなかった。
「ゼロ、ワルター。だからって俺は自分を呪ったりはしねぇ。だけどよ、ふと考える事があるんだ。もし俺が普通の人間だったらどんな生活が待っていたのかなってよ」
にっこり笑うフェンリー。悲しみ混じりのその笑顔を見てフェンリーの肩を叩くワルター。
「俺は君に助けられた記憶しかない。君がいて良かったよ」
ワルターの言葉に無くなった腕に思わず目が移るフェンリー。ゼロがすかさずフェンリーの視線に入り込む。
「これからもよろしく頼む、フェンリー」
「おまえら……」
自分よりも一回り年下の青年たちに抱きつくフェンリー。
「よっしゃ! 休息はもう充分だぜ! 行くとしようぜ、アーノルトの野郎をぶっ倒しに!」
打倒アーノルトを掲げ、三人はケベフをあとにした。




