episode 181 「戦争」
ケベフのホルス教会、司祭シスは凍ってしまった自らの腕を見つめていた。
「おっと、わりぃわりぃ」
それに気がついたフェンリーが申し訳なさそうにシスに近づく。再度シスの腕に触れると氷はパリンと音をたて崩れ落ちる。
「あなたも十闘神の加護を受けているのですね。どの神ですか?」
「ん? ああ、俺にもよくわかんねーんだ。気づいたら使えててよ」
目をキラキラさせて質問するシスに肩をすくめて答えるフェンリー。
「そうですか。おそらく物心つく前に現れになったのでしょうね」
残念そうな顔のシス。
「ともかく礼を言うぜ。俺を助けてくれたのはあんただろ? ありがとよ」
シスに頭を下げるフェンリー。
「やめてください。私は神に仕える身として当然のことをしたまでです。これもすべてホルス様の御導きなのですよ。そしてあなたを救ったのは私だけではありません」
シスはにっこり笑いながらフェンリーの後ろにいるゼロとワルターに手のひらを向ける。
「そうだったな」
振り返ったフェンリーは二人の肩に手をのせた。
炎天下の中、一人の少女はひたすらに帝都を目指して歩き続けていた。服は擦りきれ、足は豆だらけになりつつも、最悪の災厄を防ぐために歩き続けた。
三日ほどかけてようやく帝都にたどり着いた少女は帝都に入ったとたん、嫌な臭いに顔をしかめる。
血だ。明らかにこの臭いは人が流した血の臭いだ。戦場ならありふれた臭いかもしれない。だがここは争いとは無縁の町の中だ。何かあったのは間違いない。
「貴様、どこかで会ったな」
老人の声に反応して振り返る少女。そこには白髪の長髪を後ろに流している老兵、帝国軍元帥イシュタルの姿があった。
「イシュタル!」
少女は身構える。
「思い出した。貴様はローズと共にいた小娘だな」
「あなたが、シアンたちを……」
そこまで聞いてイシュタルは剣を抜く。軍剣ではなく彼の持つ七聖剣、エクスカリバーを。
「貴様、例の小僧どもの仲間か」
イシュタルが発する殺気によって身動きがとれなくなる少女。
「なんとか言ったらどうだ」
「あ、あ」
否定しようにも上手く口が動かない。
「ならば死ね」
イシュタルは剣を振り下ろす。
「待ってください!」
女性の声が響く。その声に反応して剣を止めるイシュタル。
「……レイア・スチュワート。この儂に命令するか。たかが貴族が随分と大きく出たな」
「レイア?」
その声とその名前に反応する少女。さらにその姿を見て思わず駆け寄る。
「レイア!」
「ケイトちゃん、無事でよかった」
レイアはケイトを抱きしめる。イシュタルは剣を収め、二人のもとへとやって来る。
「納得のいく説明をしてもらおう。でなければ貴様ら二人とも二度と太陽は拝めないと思え」
ケイトは帝国を出てからのことを二人に説明し出した。組織本部のこと、コロシアムのこと、シアンたちのこと、そしてその目的を。
「話はわかった。ならば直ぐにその本部とやらに攻め入るとしよう。だが儂がここを離れるわけにもいかん。娘ども、直ぐにローズを呼んでこい」
二人はヴァルキリア邸へといそぐ。そして再開を喜ぶまもなくイシュタルのもとへと再び集まる。
「お呼びでしょうか、元帥殿」
「まずはアンとやらの討伐、ご苦労だった」
「いえ、元々は私がまねいた種です」
ローズはイシュタルに頭を下げる。
「貴様には新たな任を与える。隊を率い、行方をくらましたシアンとやらを追え。そして必ず息の根を止めろ」
「ハ!」
ローズが膝を地面につけると、イシュタルによって召集された他の兵士たちがやって来る。
「あら、ローズじゃない」
「姉上!」
その中にはローズの姉、中将ジャンヌの姿もあった。
「姉上まで呼ばれるほどのことなのですか」
「国の一大事なんでしょ? それに一応イシュタルさんの頼みは断れないわ」
ジャンヌ以外にも名だたる将軍が集まっている。
「よくぞ来たお前たち。これは戦争だ。奴等は我々の民を殺し、帝国を陥れた。細胞一片たりともこの世に残すな!」
イシュタルの掛け声で兵士たちが一斉に天に剣を掲げる。
「帝国のために!」
「帝国のために!」
「帝国のために!」
モルガント帝国と組織。今、両者の間で戦争が始まろうとしていた。




