episode 174 「殺意」
帝都モルガントではシアンたちの残した爪痕がまだ色濃く残っていた。それは帰還したローズに衝撃を与えるのには充分すぎるほどだった。
「何があった!」
亡骸を片付ける兵士に尋ねるローズ。ローズの帰還に思わず涙を流して答える兵士。
「大佐、実は……」
兵士の報告を受けて崩れるローズ。
(何て事だ。私がいない間を狙ってきたというのか!? 世界に轟くこの帝都がまたしても賊の手にかかるなど、あってはならないことだというのに……)
そこでローズはあることに気がつく。
「それでその賊はどうしたのだ? お前たちが退けたのか?」
「い、いえ。お恥ずかしながら我々ではどうすることもできず……」
「では誰が?」
その時後ろからの視線に気がつくローズ。レイアたちのものではない。急いで振り返るローズ。
「……お前たちか。なぜここにいる? 目的は達成できたのか?」
そこにいたのはオイゲンとニコルだった。兵士たちから事情を説明されるローズ。二人に深々と頭を下げる。
「助かった。礼を言う。してフェンサー大佐はどうした? 彼にも礼を伝えたい」
「奴はここにはいない」
聞き覚えのある声がし、その方向を向くローズ。そこには帝国軍元帥、イシュタルの姿があった。イシュタルは複雑な表情をしている。
急なイシュタルの登場に慌てふためき、抜いた剣を落としてしまうローズ。
「げ、元帥殿。やはり無事でしたか。先程の言葉、まさかフェンサー大佐を……」
元帥であるイシュタルに反抗し、敵対し、彼に剣を向けたこと。それを思い出すローズ。仮に殺されたとしても文句を言える立場ではなかった。
「ローズ、なぜこの儂がいまさら貴様らごときを手にかけねばならんのだ。うぬぼれるなよ小娘」
イシュタルの殺気に気圧されるローズ。
「で、ではフェンサー大佐は……」
ワルターは目を覚ました。
「ん? ここは……」
「気が付いたか」
ゼロはワルターを肩からおろす。
「よかった。君はゼロだね?」
「世話をかけたようだな」
二人は木陰に腰を下ろす。トエフ近くの洞窟を出て半日ほどが経っていた。
「積極アーノルトはどうしたんだい?」
「イシュタルが退けた。お陰で俺も戻ってこられた。今回はやつに感謝するしかない。フェンリーのこともな」
ワルターは地面に下ろされたフェンリーを見る。肌には血の気が戻っており、洞窟で目撃したときとは違い生きているのが目にとれる。
「元帥殿……」
ワルターは手を目にあて、元帥への感謝を口に出す。
「それで、お前はなぜ戻ってきたんだ?」
「そうだった!」
目を擦り、立ち上がるワルター。
「落ち着いて聞いてくれ。ケイトが拐われた。そしてそれを探しに行くため妹たちも帝国を出たんだ」
ゼロも立ち上がる。
「そうか、ヌルから伝わった情報は真実だったか。すぐにモルガントに戻るぞ。レイアにも危機が迫っているのだろう?」
その言葉を聞いてニコッと笑うワルター。
「やっぱり君はゼロだね」
二人でフェンリーを担ぎ上げ、モルガントへ向けて進み出す。
レイアたちはローズの帰りを港の見宿屋で待っていた。
「遅いですね」
「そうですわね」
レイアとセシルは会話が弾まない。留置場での出来事がまだ頭から離れないのだ。
ケイトを拐い、自分達を危機に陥れたティーチ。ティーチを慕い、彼の信念に付き従う訓練生たち。部下を守るため命をかけて戦ったティーチ、国を守るためティーチたちに対抗した帝国軍、そのどちらも自分の正義を守るために戦った。
正義とはなにか? 悪とはなにか? それがわからなくなってしまうレイアとセシル。
浮かない顔をしている二人のもとにリースがやって来る。その手に握った紐の先にはティーチの部下であるアンが繋がれていた。
アンは事件のあと直ぐに罪が確定し、当然死罪となった。それも兵士たちになぶり殺しにされるというとても残酷な方法での処刑が決まっていた。そこを無理をいってローズが身柄を引き受けたのだ。今回の事件を収めた功労者であるローズの力をもってしても簡単なことではなく、莫大な金と多大な信用を失った。
アンの傷は未だ癒えてはおらず、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「楽しいですか? 私を引きずりまわすのは」
砕けた顎で無理やり話すアン。
「軽口を叩かないでください。あなたの命があるのは大佐のお陰です。逆に言えば大佐以外はあなたの敵です。いつ殺されてもおかしくないんですよ?」
アンの口を塞ぐリース。リースとてアンの事は許せなかった。
アンは残された目でギロリとリースを睨み付ける。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
ありとあらゆる憎悪をぶつけるアン。リースは思わず剣を握りしめ、アンへ向かって振り下ろした。自分でも驚くほどの殺意を抱いて。




