episode 171 「マインドコントロール」
ゼロたちがイシュタルの力を借りてアーノルトを退けた頃、帝都モルガントではある事件が起きていた。
組織本部から逃げ出した七人の子供たち。彼らは戦争によって家族を失った孤児たちだ。彼らは戦争を起こしたモルガント帝国とセルフィシー王国に復習するべく、まずは帝都モルガントを訪れていた。ワルターの活躍もあり何とか彼らを拘束した帝国軍だったが、子供たちの一人であるパステルの策略により、ワルターは帝都を離れることになる。
パステル。子供たちの中では別段目立った存在ではない。だが彼女が受けた加護はイシュタル元帥同様の心を操る能力だ。イシュタル元帥ほどの持続性はないが、そのその威力は元帥を遥かに凌駕する。
ワルターが居なくなってからパステルはまず、ニコルを洗脳することにした。彼女に自分とにた力があるのはシアンの心を読む力によって既に把握していた。ニコルを洗脳できればその力を使い、場を一網打尽に出来ると考えたのだ。
「お姉さん。私たち、殺されるの?」
パステルはいたいけな少女を演じ、涙を流しながらニコルに尋ねる。
洗脳する条件はただ一つ、質問し答えさせること。それを知らないニコルはまんまとパステルに洗脳されてしまう。
「あなたたちのした事をきちんと反省しなさい。そうすればまだやり直せるわ」
辺りには無惨にも殺された兵士たちの死体が散乱している。ニコルは子供たちがこんな残虐な事件を起こしたことに胸を痛めていた。頭を既に洗脳されている事に気がつきもしないで。
「一体、何が起こっているんだ……」
シアンは目の前の光景に我を疑う。自分たちの拘束を解くどころか、自ら縛り上げられていく。皆、目が虚ろで心ここにあらずといった様子だ。
「ニコル! 貴様、裏切るのか!」
何とかニコルの洗脳に抵抗し続けているオイゲンがニコルに向かって叫ぶ。
「いいえ、でもこんな子供たちを大人がよってたかって苛めるのはかわいそうじゃない」
ニコルに意識と自覚ははっきりとあった。不思議なことに先程までとは代わり、この子供たちを救いたいと本心から思っていた。それはパステルの力によるものだが、本人が気付く事はない。
ニコルがそれに気がついたのはシアンたちが去ったあとの事だった。兵士たちは全員縛り上げられ、オイゲンも手錠をされ拘束されていた。
「あれ、私何をして……」
催眠を解くニコル。それと同時にオイゲンは拘束を無理やり破壊し、ニコルの肩を掴む。
「な、なにするのよ」
「貴様こそ何をする! なぜ奴等に荷担する!」
オイゲンの手がニコルの肩に食い込む。
「っ! 痛いわよ、やめて」
「黙れ!」
オイゲンはニコルを突き飛ばす。ニコルの体は簡単に飛んでいき、強く地面に打ち付けられる。
「あ!」
悲鳴を上げるニコル。
「俺は元々反対だったんだ、お前のような女を仲間に入れるのは」
オイゲンから殺気が溢れる。ニコルは自分の身を守ろうとオイゲンに術をかけようとするが、オイゲンの怒りがそれを凌駕しかけることが出来ない。
オイゲンが拳を突き出したその時、突如何かが横を通りすぎる。オイゲンがそれに一瞬目を奪われた次の瞬間、オイゲンの腕が体から切り離される。
「なっ! がぁぁ!」
悲鳴を上げて膝を折るオイゲン。腕から飛び散る血がニコルに降り注ぐ。
「き、貴様何者だ!」
オイゲンは自分の腕を切り落としたと思われる老人を睨み付ける。意識を取り戻した兵士たちはその老人を見て驚愕の表情を浮かべる。
「まさか、あの方は……」
兵士たちがざわめき始める。一部の新米兵士たちはキョトンとしているが、それ以外は一同に拘束されたまま膝を付き、頭を下げる。
「軍曹、皆何をしているのですか?」
「馬鹿者! お前も頭を下げろ! あの方は、あの方はなぁ、この国で最強とうたわれる元帥、イシュタル様だ!」
イシュタルは剣についた血を拭きとる。
「急いで帝都に戻ってみれば、もう組織とやらの魔の手が忍び寄っていたとはな」
オイゲンはイシュタルから目が離せずにいた。
(なんだこの老人は。俺の肉体を切りつけるだと!? )
「さて、賊よ。このまま死ぬか、洗いざらい吐いてから死ぬか、どちらか選べ。後者なら苦しまずに殺してやろう」
イシュタルはオイゲンに剣を突きつける。オイゲンはイシュタルから発せられる殺気に身を縮こまらせ、抵抗すら出来ない。
「沈黙か。ならば吐き出したくなるまで痛めつけるまで」
イシュタルはオイゲンめがけて剣を振り下ろした。




