episode 169 「イシュタルVSアーノルト」
アーノルトは自分でも信じられないほどその剣の輝きに見とれていた。とても人が作ったとは思えない。
「どうした? 地獄へ行きたいのか?」
斬り込んでくるイシュタルに一瞬反応が遅れるアーノルト。剣先がアーノルトの服を切り裂く。ゼロの弾丸を防いだ鎖かたびらが簡単に破壊され、アーノルトの肉体に刃が食い込む。
「我が聖剣の前ではそのような装備は無意味。己の機動力を下げるだけにすぎん」
「……そのようだな」
アーノルトは口から流れる血を拭いとり、マントと鎖かたびらを脱ぎ捨てる。その下からは鍛えぬかれた四肢があらわになる。
「ゼロといい、貴様といい、なぜ有望な人材は道を踏み違えるのか。実に惜しい」
そう言いつつもイシュタルはアーノルトの息の根を止めるべく、聖剣エクスカリバーを握りしめる。
ワルターが目を覚ますと、目の前では次元の違う戦いが繰り広げられていた。しばらくその戦いに目を奪われていたが身の危険を感じ、同じく気絶しているヌルを引きずってそこから退散する。
「まいったね。俺も強くなったつもりだけれど、つもりだっただけみたいだ」
エクスカリバーとクナイが激しい火花を散らす。当然アーノルトのクナイはエクスカリバーと接触する度に刃が欠け、無惨にも破壊されてしまう。アーノルトの手数と暗器がそれをカバーする。
「これでは殺し屋ではなく、手品師ではないか」
「ならば人体切断を披露してやろうか?」
現実ではヌルが気を失っているが、ゼロはヌルと脳内で戦い続けていた。本来なら頭部に衝撃を受ければイシュタルの掌握は解けるのだが、術者が近付くほど力が増す掌握の性質上、その力はかつて無いほどに強くなっていた。
「掌握を解くのは無理ってもんだぜ? 何てったってあの女も居ねぇんだからなぁ?」
ヌルはゼロを嘲笑う。
「レイアの事を言っているのなら、すぐその口を閉じろ」
「やだね。ま、どうしてもって言うんなら閉じてやってもいいぜ。レイアちゃんの口でならなぁ!」
「わかった、もういい死ね」
イシュタルとアーノルトの戦いは激しさを増していく。二人の力はほぼ互角。パワーではイシュタルが、スピードではアーノルトがやや上か。だからこそ武器の差で勝敗が変わってくる。
イシュタルの剣は刃こぼれひとつなく、全くの無傷といってもいい。それに引き換えアーノルトの武器はどれもこれもイシュタルに対しては力不足だ。決定打を与えるには至らず、イシュタルの攻撃を受けきることができない。
「どうやら万策尽きたようだな。貴様はよくやった、一介の賊にしてはな」
アーノルトは何やら丸いものを取り出す。
「よもや俺がこれを使うことになるとはな。認めざるをえんな、お前の、帝国軍の力を」
アーノルトはその玉を地面に叩きつける。するとそこからもくもくと煙が発せられ、辺りを包み込む。
「煙幕か、下らんな。貴様のその溢れ出る殺気が居場所を教えている」
視覚をやられたイシュタルはアーノルトの殺気を捉えようと意識を集中させる。しかしアーノルトの気配は一切感じられない。イシュタルは諦め、アーノルトから意識を反らす。
「先程まで命の奪い合いをしておきながら、ここまで気配を消せるか。恐ろしい才能だ。殺し屋になるべくして生まれてきたのだろうな」
アーノルトはまだ近くにいた。煙幕に乗じてイシュタルの首を掻ききる算段だったのだが、自分から意識を反らしてもなおイシュタルの警戒網を突破するのは容易なことではなかった。
(無傷では済まんか。この俺がなにもできずに逃げ帰ることになるとはな。帝国軍元帥、イシュタルか。その名、覚えておこう)
アーノルトは闇の中へと消えていった。
互いに残ったのは体の傷と心の傷。ともに自分が最強だと信じていた者同士、自分の存在を脅かしかねない強者の登場は歓喜であり屈辱だった。
「いつか必ず殺してやろう」
そう互いに誓い合う二人だった。




