episode 168 「頂点」
剣を直接交えたことで、互いの力量を把握するアーノルトとイシュタル。迂闊に攻め入ることはしない。
ヌルはイシュタルにひれ伏す。
「お師匠様! よくぞご無事で!」
「当たり前だ」
イシュタルは左手でヌルの体に触れる。するとみるみるうちにヌルの体は完全な状態に回復する。
「加護か。それも大分神に近いな」
目の前で行われる光景に度肝を抜かれるアーノルト。組織にこれほどの奇跡を起こせる人間は多くない。
「さて、殺し屋。貴様の処遇を決める前にやれねばならん事がある。そろそろ顔を見せたらどうだ? ワルター・フェンサー大佐」
ワルターが顔をくしゃくしゃにして洞窟から出てくる。
「元帥殿、やっぱり生きていましたか。お元気そうで何よりです」
「そういう貴様は酷い顔だな。どこぞの阿呆でも死んだか?」
まるですべて知っているかのようにワルターを挑発するイシュタル。それもそのはず、ヌルを通してイシュタルは状況をすべて把握していた。
「言葉には気を付けてください元帥殿。俺は今すべてぶち壊したい気分なんですよ」
ワルターからまがまがしい殺気が溢れる。
「大佐、貴様を無に返すことは容易い。それをしないのは貴様が国のために尽くしてきた実績があるからだ」
「よく言いますね」
ワルターは失った腕を撫でながら答える。
「それは貴様自身の弱さが招いた結果だろう」
言い返せないワルター。
「もう片方の腕を失いたくないのなら今すぐ儂の前から失せろ。それより更に失いたくないものがあるのなら剣を取り、目の前の敵を討て。その腕は何のために付いている?」
「フン、失いたくないものですか。もう失ってしまいましたよ」
ワルターは横目でフェンリーの亡骸を見る。
「またその男か。いくら死ねば気が済むのだ」
イシュタルはアーノルトに背を向け、フェンリーに近づく。普段ならアーノルトに背を向けたものは死の運命から逃れられないのだが、アーノルトは攻められずにいた。
(隙が全く無い。攻め込めば必ずカウンターを食らう。この老人……本当に人間か?)
イシュタルは血の海を進み、フェンリーの頭に左手を触れる。
「な、なにを!」
イシュタルが触れたとたん、フッとフェンリーの傷口が閉じる。
「なっ!」
思わず尻餅をつくワルター。
「あ、あり得ない! あれは致死量を越えていた! こんなことあるわけがない、これじゃあまるで神……」
「そう、神の領域だ。だがまだ生き返ったわけではない。あくまで命を引き留めたに過ぎん。現世に呼び戻すには引き寄せる必要がある」
イシュタルはフェンリーから手を離す。すると熱を取り戻しつつあったフェンリーの体がみるみるうちに冷たくなっていく。
「げ、元帥殿?」
「図に乗るな大佐。儂がこの男を救う理由など存在しない」
「なるほど、理由を作ってみろと言うわけですね?」
ワルターはフェンリーから目を離し、精神統一を行うアーノルトに剣を向ける。
(まさか元帥殿と肩を並べて戦うことになるなんてね。これほど心強いものはないね)
強力な助っ人を得た気分のワルター。一瞬、目の前の男がアーノルト・レバーだということ忘れてしまっていた。
「驕るなよ、兵士ども」
サァーとアーノルトの殺気が辺りを侵食していく。その殺気にまともに当てられ、体が硬直してしまうワルター。
「馬鹿者! 敵前で気を抜くな!」
身体中に手裏剣を浴びるワルター。追撃を加えようと迫ってくるアーノルトになすすべなく、地面に叩きつけられる。
「次はお前だ」
イシュタルが来たことの安心感と目の前でワルターが瞬殺されたことの驚きで反応が遅れるヌル。逃げるという選択肢が浮かぶ前に意識を飛ばされる。
「大したものだな。入る組織を間違えなければ地位、名誉、富、全てを手に入れられたろうに」
「そんなものを欲しているように見えるか?」
アーノルトの姿は鬼神そのものだった。
「そうだな。貴様に必要なのは殺し。それのみでしか生を実感できんのだろう。哀れな男よ。貴様に教えてやろう、死の実感を」
イシュタルは握っていた軍剣を鞘にしまい、もう一方の剣を取り出す。世界に七本しか存在しないと言われている加護を受けた剣、七聖剣のひとつ、エクスカリバーを。




