episode 167 「思わぬ来訪者」
常識を越えたワルターの剣速に感心するアーノルト。昔戦ったときよりも遥かに腕を上げたワルターに惜しみ無い称賛を送る。
「感動すら覚えるな。俺がスカウトしたお前がここまで強くなっているとはな。ところで腕はどうした?」
「君とは違う世界の最強に挑んだ結果さ!」
ワルターは答えながら再び剣を振るう。すると剣先から雷撃が放たれ、アーノルトめがけて飛んでいく。
「そうか、ならお前は今日もう片方の手も失うことになるというわけだ」
アーノルトはそういうと雷撃をクナイで弾く。
「まったく、君は強すぎるね」
攻撃を弾かれたことに驚きを隠せないワルター。
「本物の雷撃ならまだしも、お前のはその剣の力だろう。そんな紛い物では俺には届かない」
「手厳しいね、どうも」
そんなやり取りをしていると、アーノルトによって吹き飛ばされたヌルが目を覚ます。
「って! くそが!」
体に刺さった手裏剣を抜くヌル。暴言を撒き散らすヌルの姿に違和感を覚えるワルター。
(ゼロ……だよね? なんか牙とか生えているけれど)
(チッ、こいつ勘ぐってやがるな。ここで敵が増えるのはまずい)
そこでヌルは芝居を打つことにした。
「う、ワルターか? なぜここに?」
「落ち着いて聞いてくれ。ケイトが拐われたんだ。それを探しに妹たちもモルガントを出てしまってね、俺はある情報を元にハウエリスへ戻ってきたというわけさ」
疑いながらもきちんと答えるワルター。
「そうか、なら早いところアーノルトを倒して助けにいくぞ」
ヌルはナイフを取り出し、アーノルトに向かって行く。が、ワルターはそうしなかった。
「何の真似だ?」
ヌルの首元に刃を当てるワルター。僅かだが殺気も発している。
「君は誰だ?」
ヌルは一瞬戸惑うが、すぐに平静を取り戻し答える。
「俺はゼロだ。何をしているワルター。今はふざけている場合ではない」
「ああ、わかっているとも。だけど俺の知っているゼロは、いかなる場合にもレイアの事を第一に考える。君ならこう言うはずさ。レイアはどうした? ってね」
チッとヌルは舌打ちをして後ろに下がる。
「バレたか。確かにゼロはずいぶんとあの女に御執心だったっけなぁ!」
ヌルは本性をあらわにする。
「フェンリーはどうしたんだい?」
「さあな、今頃三途の川でも渡ってんじゃねぇか? それよりいいのか?」
ヌルの言葉に耳を疑いながらも、前方から迫り来る強烈な殺気のせいで頭が働かない。
「アーノルト! 少し引っ込んでいてくれないかい?」
「無論だ」
「何がさ!」
アーノルトはワルターに考える暇を与えてくれない。雷剣の反応速度をもってしても、どうしても左からの攻撃の防御に遅れてしまい、次第に追い詰められていく。
ヌルからの助けは期待できない。ワルターが追い詰められている間、ただただ傍観している。自分の秘密を知られたからには消えてもらった方が都合がいいのだろう。
アーノルトにもある程度ダメージは溜まっていた。フェンリーの氷から始まり、ゼロの銃弾、ヌルのナイフと立て続けに攻撃を受けていたからだ。だからといってワルターが敵う相手ではなかった。二人の実量差はある程度縮まっていたが、それでも絶望的な差は変わらない。
「がっ!」
強烈な一撃を受け、吹き飛ばされてしまうワルター。それを見て複雑な表情をするヌル。
(チッ! せめてもう少しダメージ与えてからくたばってくれよ)
ワルターが飛ばされた先はフェンリーが倒れている洞窟の入り口付近だった。
「フェン、リー?」
洞窟内は血の海になっており、その中心には顔を真っ白にしたフェンリーが横たわっていた。
「フェンリー!」
すぐに駆け寄るワルター。そこにはすでに息の無いフェンリーがいた。フェンリーの体から流れ出た血はすでに彼の体同様冷たくなっていた。
「何て事だ、何て事だ!」
フェンリーの血を掬い、体に戻そうとするが、そんなことに何の意味もない。
「案ずるな、お前もすぐ同じところへ行く」
アーノルトが止めを刺そうと洞窟の中に入ってくる。
「その前にまずはお前を葬るとしよう」
アーノルトはクナイを満身創痍のヌルに向ける。
「くっ!」
ヌルは何とか逃げ出そうとするが、足腰はいうことを聞かない。
「死ね。元最強」
アーノルトのクナイが容赦なくヌルを襲う。
「気配がするから来てみれば、何やら面倒ごとに巻き込まれているようだな、ヌル」
アーノルトは突如現れた人物によって吹き飛ばされる。
「何者だ……」
アーノルトは尋ねながら驚愕していた。現れるまで全く気配を感じられず、こちらの一撃をいとも簡単に受け流し、カウンターを食らわせる。そんな芸当が出来るものに出会ったことが無かったからだ。
「お、お師匠様!」
ヌルが現れた人物に頭を下げる。
「貴様が噂に聞く組織とやらのトップか。ヌルが敵わんのも納得がいく」
「誰かと聞いている!」
柄にもなく叫ぶアーノルト。いつもの余裕は全くなくなっていた。
「ワシはイシュタル。世界最強の国、モルガント帝国最強の兵士。貴様を討ち滅ぼすものなり」




