episode 165 「内なるもの」
「ハァ、いい気分だぜ」
手を大きく広げ、血の臭いが染み込んだ空気を堪能するゼロ。隣で横たわるフェンリーの事など目にも入っていない。
「さてと、殺りますかね」
洞窟から抜け出すゼロ。アーノルトはその姿を目にとらえる。明らかに先ほどとは異なる容姿。異なる気配。
「お前、本当にゼロか?」
思わず尋ねるアーノルト。
「あぁ? ちげぇよ。俺はヌル。今日から俺のことはヌルと呼べ。ま、お前はすぐに死ぬんだけどよ!」
ヌルはナイフを取り出し、クナイをフェンリーの体内に置いてきたアーノルトに襲いかかる。姿や性格は変わってしまったものの、その戦闘力に変わりはなくむしろ心のリミットが外れたため、殺意は上がっていた。
素手で応戦するアーノルト。新しいクナイを取り出す余裕はない。
「やるじゃねぇか! さすがはイシュタル様を苦しめたゼロを苦しめただけはあるな!」
アーノルトはヌルの言葉を完全に受け流し、素手で攻撃を捌いていく。現状はヌルが圧しているものの、ヌルはどこか不機嫌そうにアーノルトを罵る。
「たっくつまんねぇな! 攻撃してこないのかよ! こんなんで最強名乗ってんじゃねぇぞ!」
アーノルトを蹴り飛ばすヌル。手でガードするものの、後方へと飛ばされるアーノルト。
「ほーら隙だ。なんかしてこい!」
ヌルはアーノルトを見下ろし、のんきに腕組みをしている。ヌルの望み通り、アーノルトはサナギのようなマントの中から多彩な武器を取り出す。
「奢るなよ。弱者が」
「いいねぇその台詞、雑魚キャラっぽくてよ!」
アーノルトは手裏剣をヌルに向かって投げつける。と、同時に足元にまきびしを撒き散らし、ゼロの機動力をそぐ作戦に出る。
「そうだそうだよ! 思考を凝らせ! 無駄だけどよぉ!」
ヌルはナイフで手裏剣を叩き落としながら、アーノルトめざしてズンズン進んでいく。まきびしがヌルの靴を突き刺し、肉にまで到達するが、何事もないように進むヌル。
「貴様、痛みを感じないのか?」
「痛みだ? んなもん気にしてられるかよ、殺し合いの最中によ!」
またここか。
ゼロは何もない空間で目を覚ました。かつてリンと、そしてイシュタルと戦った場所だ。
イシュタルによって埋め込まれたのは五つの人格。イシュタルの分身、リンにつぐ三つ目の人格がヌルだ。イシュタルの人格を殺し、ようやく意識を取り戻したゼロだったが、それからも頭の中には常に三つの人格が自分を支配しようとうごめいていた。そして、フェンリーの死によるショックで意識がとんだ一瞬の隙に、ヌルに体を乗っ取られてしまったのだ。
「よう、ゼロ」
ヌルが姿を現す。
「お前がヌルか。俺の体を乗っ取ってどうするつもりだ?」
ゼロは腰に手を当てる。が、そこにあるはずの銃が見当たらない。
「どうした? 武器がねえのか? どうするつもりかって? そんなの好きにするに決まってんだろ?」
ヌルはナイフを取り出す。
「今俺はアーノルトと戦ってんだよ。仲間一人守れねぇ雑魚が邪魔してんじゃねぇぞ!」
ゼロもナイフを取り出し、迎え撃つ。同じスピード、同じ構え、だがヌルは殺しに躊躇がない。その僅かな差が勝敗を左右する。次第に追い詰められていくゼロ。
「殺る気あんのか? 俺がお前を殺したらどうなるか想像ついてんだろ?」
ゼロはリンの事を思い出す。リンはこの世界で殺してから一度も顔を見せていない。
「お前が死んだら全部俺のもんだ。あのレイアって子もな!」
レイアの名が出て、目付きが変わるゼロ。
「レイアに手は出させんぞ」
「手ェどころの騒ぎじゃねぇぞ! あの純粋無垢なお嬢様を隅から隅までしゃぶりつくしてやるよ!」
スッとヌルの頬に赤い線ができる。そしてたらりと血が滴る。
「もういい、貴様は黙れ」
ペロリと血を舐めとるヌル。
「黙らせてみろや!」
二人は再び刃を交える。より強く、そしてより殺意を込めて。




