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スティールスマイル  作者: ガブ
第四章 激突
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episode 163 「パステル」

ワルターはシアンの言葉通り、ケイトが居るハウエリスへと船を出していた。そう、ケイトが居るはずもないその場所へ。


(ケイト、無事でいてくれ!)



シアンに既に敵意はなかった。本当にケイトを助けたいと思っていたし、本当の居場所である自分たちの村の場所を教えたつもりだった。だが実際に口にしたのは別の言葉である。しかしそれ自身にシアン本人は気づいていない。



その原因はシアンの影で不気味に笑う少女、パステルにある。


彼女の加護はマインドコントロール。元帥イシュタルほどの完璧な洗脳の力はないが、一時的なら、かかった本人に自覚すら与えない。


彼女は影でシアンたちを操っていた。彼女の加護は表向きには相手の心理状況を変える程度のものとして認識されている。だが実際には失った自らの手足の代わりに、他人を自らの手足のように扱えるほどの力を有している。それに気がついている者は一人もいない。知ってしまったものは皆、彼女の力によって自殺に追い込まれていたからだ。



発動条件はただひとつ。声をかけ、それに答えてもらう。それだけだ。


この力を使う上でネックなのがシアンの存在だ。シアンの心を読み取る力、その力にかかってしまえば自分の企みがばれてしまう。だからパステルは微弱な洗脳をかけ続けている。初めて会ったその日から。自分の心は決して覗きたくないという洗脳を。恋心という名の洗脳を。



パステルはワルターの事が嫌いだった。その強さもそうだが、いちいち癇にさわる物言いをする。それが許せなかった。


ハウエリスへ向かわせればエクシルと鉢合わせするかもしれない。交戦し、潰しあってもらえば好都合だ。


予想外だったのはニコルの登場だ。彼女が自分と似た力を持っているのは、シアンの力のお陰ですぐにわかった。そうでなければシアンを洗脳され、そこでパステルの企みは終わっていただろう。


ニコルにほぼ戦闘能力はない。兵士たちは自分らでなんとか対処できる。残りの障害は目の前の規格外のパワーを持つ男、オイゲンだけだ。パステルはまだ、復讐を諦めてはいなかった。




パステルが産まれて初めて目にしたのは血だった。


パステルが産まれて初めて耳にしたのは悲鳴だった。


戦争の最中に産まれたパステルは、戦争に支配された人生だった。戦禍を逃れ、両親と共に住まいを転々とした。その度に心は病んでいき、その度に体に傷が刻まれた。


ある村で片手を失い、ある村で両手を失い、ある村で両親を失った。


生きることに絶望し、死を選んだ。




「……誰?」


「死ぬ前に、一矢報いてみないか?」




目が覚めたとき、パステルには不思議な力が宿っていた。パステルは後に知る、あれが神託だということに。



(私はまだ生きてる。生きてる限り、私は世界に復讐し続ける)





ゼロとフェンリーがアーノルトと出会ってから一日が経過しようとしていた。相変わらずあれからアーノルトからの攻撃はない。が、しかし、敵が待機しているかもしれないというこの状況でおちおち睡眠をとることはできない。ゼロは気を張りつめ続けていた。そして少しずつ、過去の自分に戻りつつもあった。



久しく忘れていたこの感覚。常に死が横に居る。周りはすべて敵。すでにゼロの中から隣に居るフェンリーの存在は消えていた。


アーノルトも充実感に似た奇妙な感情に浸っていた。彼にとって殺しは呼吸に等しい。それほど簡単に、それほど無感情に、無意識に行う。しかし彼は今、意識していた。呼吸を、そして殺しを。実感していた、命のやり取りの面白さを。



突如アーノルトの殺気が辺り一面を覆う。


「おい! ゼロ、来るんじゃねぇのか!?」


フェンリーの言葉はゼロの鼓膜を揺らしたが、脳までは到達していない。が、もちろんこの殺気はゼロを奮い立たせるのには充分すぎるほどだった。



「来い。返り討ちにしてやる」



アーノルトとゼロの殺気に板挟みになり、気を失いそうになるフェンリー。とっさに体を氷で覆う。その瞬間、黒い影が洞窟内に侵入する。と、同時にゼロも入り口に向けて発砲する。


洞窟内に銃声がこだまするよりも早く、アーノルトの刃がゼロを襲う。先程よりも研ぎ澄まされたゼロの反射神経によってそれを回避し、さらに銃弾をアーノルトに撃ち込む。銃弾はアーノルトの体をかすり、僅かだが初めてダメージを与えることに成功するゼロ。アーノルトは驚いた顔を見せ、また洞窟の外へと身を隠す。


フェンリーの氷は直接攻撃を受けたわけでもないのに粉々に砕けており、ゼロの頬にも傷ができていた。



(だが、届いたぞ)



ゼロは手応えを感じていた。


洞窟の外に逃れたアーノルトは息を切らしていた。産まれてこのかた感じたことのない感情、恐怖を感じていたのだ。


死。その一言が頭の中に浮かぶ。



「ゼロ、初めてだよ。生きていることを実感させられたのは」



アーノルトは震える自分の体にクナイのような刃物を突き刺す。傷の痛みと引き換えに恐怖が薄らいでいく。しばらくするとアーノルトの震えは完全に収まっていた。



「ゼロ、お前にはまだまだ付き合ってもらうぞ」


アーノルトは気配を消すのを止めた。敵意と殺意を剥き出しにしてゼロへとぶつける。


本当の戦いが始まろうとしていた。






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