episode 160 「復讐開始」
モルガントに到着したワルター、オイゲン、ニコルの三人。道中何度も嫌な予感と戦いながら、急いでヴァルキリア邸へと向かう。
その悪い予感は的中してしまった。
勢いよくヴァルキリア邸の門を開けるオイゲン。中に入り、辺りを見渡すがセシルの姿はない。
「お嬢様! 居られないのですか!」
大声で叫びながら屋敷中を探索するオイゲン。使用人たちはその様子に恐怖し、また責任を追求されるのを避け、屋敷の隅で縮こまる。ワルターが優しく語りかけるも効果はない。そこでニコルが悩殺の力を使い、男たちから情報を集めてくる。
「わかったわ。ケイトが拐われたみたい。それで助けに向かったそうよ。リザベルトちゃんとリースちゃんを連れて」
それを聞いてじっとしていられない二人。
「なんだと!? 冗談ではない! お嬢様を連れ出すなど! なぜ行かせた!」
オイゲンは近くでこちらの様子を伺っていた使用人の胸ぐらをつかんで持ち上げる。持ち上げられた使用人は恐怖のあまり口から泡を吐いて気絶してしまう。
「やめないか。彼にあたっても仕方ない。とにかく情報を集めようじゃないか」
ワルターの言葉を受けてようやく落ち着くオイゲン。オイゲンをその場に残し、ニコルと二人で屋敷の中で情報収集を始めるワルター。
「彼、相当焦ってるわね。そんなに彼女の事が心配なのかしら」
「ゼロにとってのレイアみたいなものなんじゃないかな。それに、俺も妹が心配さ」
オイゲンはゲストルームで、じっと耐えていた。焦ったところで、使用人を罵ったところで状況が良くなるわけではない。それはオイゲンにも分かっていた。が、その我慢も戻ってきたワルターたちの報告を受けて崩壊する。
「ティーチだと!?」
オイゲンは怒りに身を任せ、座っていたベッドを叩き壊す。
「ちょっと! 危ないじゃない。落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いていられるか! 相手は組織のエージェントだぞ! お嬢様が危険にさらされているかもしれないんだぞ!」
「怒鳴らないでよ……」
ニコルを怒鳴り付けるオイゲン。
「オイゲン、俺の妹も同じ状況だ。君の気持ちはわかる。だが今一番危険なのは拐われたケイトだ。少しは彼女の心配をしてもいいんじゃないかい?」
「ワルター、お前の言うとおりだ。だがやはりお嬢様が心配だ。俺はお嬢様を探しにいく」
ワルターたちの中に確執が生まれそうなその頃、シアン率いる脱走者の面々は帝都の入り口へと到着していた。
「ここがモルガント帝国の首都、帝都モルガントか。憎たらしいほどに栄えているな。国民どもも何も知らずにのうのうと幸せを謳歌している」
シアンをはじめとする七人は憎しみをあらわにする。
「さあ、行こうか。心を取り戻しに。狙うは提督、アドミラルの首だ」
シアンの合図で門へと突っ込む。門番を軽く蹴散らし、帝都の中へと侵入する。騒ぎを聞きつけ、兵士たちが集まってくる。
「貴様ら何者だ、ここは帝都モルガント! ただですむと思うなよ!」
兵士たちは勇ましく剣を構える。だが内心不安で溢れていた。帝都守護の任にあたっていたローズは今、犯罪者を移送中でここを離れている。
「へぇ、指揮官がいないのか。それは大変だね」
シアンがニヤリと笑う。
「き、貴様なぜそれを!」
兵士は考えを見透かされ、あわてふためく。
(くそ、なぜこの男がそれを知っている。どこから情報が漏れた! まさか、軍の中にスパイが…… )
「スパイなんかじゃないさ」
「なっ!」
完全に混乱した兵士。統率も乱れ始める。
(くそ、落ち着け! 大佐が戻るまでここは我々が守護すると誓ったじゃないか! 相手はたかだか七人、それも子供ばかりだ。落ち着いて対処すれば問題ない!)
なんとか立て直そうとする兵士にシアンはさらに絶望的な言葉をかける。
「ただの子供じゃないさ。俺たちは全員加護を受けている。戦争の時はまったく助けてくれなかった神の力が宿っている。だから俺たち自身で戦うことにしたんだ」
一斉に力を解放するシアンたち。その迫力に兵士たちは完全に気圧される。
「ちなみに俺は人の頭を覗くことができる。誰も俺を欺けない」
兵士たちはよりいっそう困惑する。
(まずい! まずい! まずい! 何も考えるな! 考えを悟らせるな! てかこんなの反則だろ!)
考えを読まれないようにすればするほど雑念が頭の中を支配する。いくら相手が戦闘経験がほぼない子供とはいえ、頭の中が雑念だらけでは対処するのは難しい。兵士たちの全滅は、もはや必然だった。
「フフフ。愉快だ。敵が何もできずに倒れていく様は。絶命する瞬間の心の叫びは」
シアンたちは帝都の中心地へと向けて、進撃を始めた。




