episode 158 「出現」
全速力で洞窟へと戻るジャック。
「逃げるぞクイーン! アーノルトがやって来る!」
見たことがないほど慌てふためくジャックに驚くクイーン。
「は? 話が見えてこないんだけど。ちゃんと説明して……」
「マザーイブは組織と繋がってた!」
クイーンの返答を遮り、ジャックが大声で叫ぶ。その言葉を聞いた瞬間、クイーンはサンが預けられている児童養護施設へと走り出す。
急いで後を追おうとするジャックにゼロが声をかける。
「確かか。アーノルトがやって来るというのは」
「ああ、そうだ! マザーに全部聞かれてた! エクシルにも伝わった! 全部ばれた! 俺の行為もクイーンの生存もお前たちの裏切りも!」
ジャックはワルターとニコルに向かって叫ぶ。そして脇目もふらずクイーンの後を追いかけていく。
ジャックの言葉を受けて腰かけるワルター。
「まいったね。いつかはばれると思ったけど。妹は大丈夫かな」
クイーンの一件があっただけにリースの事が心配になるワルター。同じようにレイアとセシルを気にかけるゼロとオイゲンにもワルターの心配が伝わる。
「気持ちはわかるがリースにはローズの姉がついているはずだ。心配は要らない」
「ああ。分かっているさ。ジャンヌ中将は強い。いずれは元帥になるだろう御方だ。それに美しい。だけどそれと同時に非常に多忙な御方だ。いつまでもそばに居てくださるとは限らない」
ワルターのにらみ通り、既にジャンヌはリースたちのもとを離れていた。そして組織の殺し屋、ティーチとの一件に巻き込まれていた。
ワルターの言葉を受けてオイゲンにも不安が襲ってくる。
「ゼロ、すまないが俺はモルガントに帰る。セシル様が心配だ」
「おいおい、何言ってんだ! アーノルトがわざわざ向こうからやって来るんだぜ!? ぶっ倒すチャンスだろ!」
身支度を始めるオイゲンの肩をつかんで説得しようとするフェンリー。だがオイゲンの意思は硬い。
「フェンリー、俺の望みはセシル様の安寧だ。それが脅かされる可能性が存在するのなら、俺はそれを排除する。」
オイゲンはフェンリーに振り向きもせず、黙々と準備を進める。
「そうさ! そのためにもアーノルトを倒して、組織を壊滅させようとしてんだろ!?」
振り向き、フェンリーの肩を両手で掴むオイゲン。その表情は鬼気迫っていた。
「未来の驚異より、目の前の驚異だ!! ここでアーノルトを倒しても! その間にお嬢様が危険にさらされては意味がない!!」
オイゲンのプレッシャーに押し負けるフェンリー。返す言葉を失ってしまう。
「お、おい! お前たちからも何とか言ってくれよ!」
ほかのメンバーに同意を求めるが、反応は薄い。
「ワルター! お前強いやつと戦いたがってたろ!? まさに最高の相手じゃねぇーか!」
ワルターの肩を掴むフェンリー。
「済まない。今回はオイゲンに賛成するよ。俺も妹の元気な姿を確認したい」
ワルターもオイゲン同様に帰る支度をしだす。
「ニコル! 裏切りがバレたんなら今さら逃げてももう遅いぜ! だったら俺たちと一緒に戦った方が生き残る可能性は高い!」
ニコルに向かって叫ぶフェンリーだったが、ニコルは震えているばかりでまともに目も合わせない。
「ご免なさい。私、怖いの。あなたたちと一緒ならなんとかなると思ってた。でも、アーノルトの名を聞いただけで体の底から恐怖が襲ってくるの。実際に対面したらどうなるのか、想像もしたくない……」
ニコルは恐怖に支配されていた。
「ゼロ! お前もか? お前もなのか?」
フェンリーは半ばあきらめた表情でゼロに問いかける。
「……お前たちはモルガントに帰ってくれ。レイアの事を頼む」
「それはもちろん構わないけど、ゼロ、君は残るのかい?」
ワルターが不思議な表情でゼロに尋ねる。フェンリーもゼロの返答を待つ。
「俺は残る。奴とはここで決着をつける」
ゼロは洞窟内に腰掛け、銃の手入れを始める。
「ゼロォ!」
ゼロに抱きつくフェンリー。
「フェンリー、ゼロ、済まない。妹たちの安全を確かめたら直ぐに戻ってくる。くれぐれも無茶はしないでくれ」
「ああ。レイアを頼む」
そう言ってワルターはオイゲンと震えるニコルを連れてその場を去る。
「ゼロ、お前はよかったのか? お前だってレイアの事が心配だろ?」
ゼロが残ってくれたことで落ち着いたのか、タバコをふかしながらゼロに尋ねるフェンリー。
「もちろんだ。だがそれと同時に俺はお前たちを、ローズを、リザベルトを、リースを、ケイトを、セシルを、そしてレイア自身を信じている」
フェンリーに微笑みかけるゼロ。そのぎこちない笑顔に吹き出すフェンリー。
「ハハハハ! 俺もお前を信じてるぜ! さぁ! ワルターたちが戻る前にやっちまおうぜ! アーノルトのやろうをよ!」
ゼロの背中を叩いて笑いかけるフェンリー。
「誰をやると言った?」
突如背中を刺すような殺気を感じとる二人。洞窟の入り口の方に振りかえるが、そこには誰の姿もない。だが、この殺気には覚えがある。
「アーノルト……!」
ゼロは最強の男の出現を確信した。姿の見えない暗殺者が、ついにやって来た。




