episode 154 「弟」
戦争孤児の子供たち、シアン、パステル、エクリュ、ヘレン、フォリッジ、クロム、フォーン。組織本部のコロシアムで行われた壮絶な殺し合いを乗りきった彼らの中には奇妙な団結が生まれていた。
彼らはセルフィシー王国とモルガント帝国の間に位置する小さな村の出身だ。もともと顔見知りで、苦楽を共にしてきた仲間だった。
彼らはケイトに感謝していた。ケイトがあの場に居なければ最後の一人になるまで殺し合いを続けていただろう。いくら知り合いといえども、大切なのは自分の命だ。
彼らの目的は自分の村を壊滅に追いやったセルフィシー王国とモルガント帝国への復讐だ。セルフィシー王国は既にモルガント帝国との戦争に敗れ、支配されてしまった。必然的に彼らの復讐の対象はモルガント帝国となった。
ケイトは迷っていた。彼らをこのまま放っておいていいのか? 争いは何も生まない。そもそも国相手にたった七人で戦いを挑んでも結果はわかりきっている。彼らにはコロシアムから連れ出してもらった恩がある。できることなら助けたかった。
問題はモルガント帝国との戦いだけではない。組織のエージェント、エクシルだ。コロシアムから逃げ出した彼らを探しだそうと躍起になっているだろう。
ケイトは道中何度も説得を試みた。しかし彼らの心には響かない。
その原因は直ぐにわかった。
「これが……村?」
彼らの村に連れてこられたケイト。あまりの驚愕に言葉を失う。
「ああ、そうだ。数日前まで大勢の村人がここで生活をしていた」
ケイトの眼前に広がる光景はただの平地だった。人の気配はおろか、建物があった形跡すらない。
「俺たちの村は確かにここにあった。だが戦禍が収まり、戻ってみるとこの有り様だ。モルガントの連中が一つ残らず奪っていき、証拠も一つ残らず消し去りやがった。俺たちは存在していないことにされたんだ」
シアンたちがうつむく。あれほど天真爛漫だったエクリュですら口を開かない。
「ケイト、引き返すなら今のうちだ。モルガントに乗り込んだら俺たちと同様にお前も作戦に加わってもらう」
シアンが何もなくなった故郷を見つめながらケイトに釘をさす。
「私の故郷も、ある男によって、襲われた。そのときに大切な人も殺された。あなたたちの気持ちも、わかる」
ケイトはおばあちゃんの事を思いだし、涙する。
「なら止めるなんて事はしないでくれ。俺たちはここで立ち止まるわけにはいかない。そして復讐なくして先へは進めない」
「そんなことない! 私は復讐も乗り越えて先へ進む! モルガントは私の故郷じゃないけれど、大切な人も住んでる! あなたたちも止める!」
ケイトは両手を広げてシアンたちの行く手に立ちはだかる。
「そうか、残念だよ。ケイト、君とは中良くできると思っていた」
「私も、同じ気持ち」
ケイトはロープを構える。
「ケイト、最後の忠告だ。俺たちは全員加護持ちだ。お前を傷つけたくない。退いてくれ」
「私も、同じ気持ち」
ケイトは仰向けに倒れていた。どれ程倒れていたのだろうか、立ち上がったときにはシアンたちの姿は跡形もなかった。
「待ってて、必ず、助けるから」
ケイトは足を引きずりながらモルガント帝国へと進み出す。
一方その頃、組織の殺し屋弓殺のクイーンは弟を助けるため、ハウエリスのトエフを目指して進んでいた。
度々後方を確認するクイーン。組織の追っ手が来ていないか不安な様子だ。エクシルとの約束の時間は遠の昔に過ぎていた。
(サン、サン、無事でいてよ! お願いよ!)
クイーンは死に物狂いでトエフを目指す。
トエフはいつもと変わらない平和な町だった。安堵したクイーンは弟のサンが預けられている児童養護施設へと向かう。
サンは元気な姿でそこにいた。クイーンは涙がこぼれそうになりながら大切な弟の名を呼んだ。
「サン! サン!」
「あ、おねぇちゃん!」
サンも嬉しそうに駆け寄ってくる。飛び付いてくるサンを抱き抱えるクイーン。
「よかった、本当によかった。もうこんなところでよう? 私と一緒に暮らそう?」
「わぁ本当に!? うれしいなぁ!」
サンはきゃっきゃと叫ぶ。
「ごめんね寂しい思いさせて」
クイーンはサンの頭を撫でる。
「寂しくなかったよ。だってあのおにぃちゃんが遊んでくれたから!」
「え?」
サンが一人の男を指差す。その指の先にいたのはよく見知った男だった。
「よう、クイーン。やっぱ裏切ったか」
羽根つきの帽子を被ったキザな男。自分と同じように飛び道具を使う組織の殺し屋。訓練生の頃から競いあってきたライバル。殺しはそれほど乗り気じゃないが、任務なら迷わず人を殺すスナイパー。
「……ジャック!!」
クイーンはエクシルに信用などされていなかったのだ。はじめから裏切ると見透かされていたのだ。
体が震えるクイーン。心配そうにサンが声をかける。
「どうしたの、おねぇちゃん?」
「サン、あっちへ行ってなさい。私はこの人とお話があるの」
サンはほかの子供たちの所へ駆けていく。
「エクシルのいってたことは本当だったんだな。お前に弟がいたなんて聞いてないぜ?」
「……私を殺しに来たのね」
ジャックは銃を取り出し、玉を込める。
「まあ、そんなとこだ。わりぃが任務なんでな。私情抜きでいくぜ」
「そう、ならせめて場所を変えてくれない? あの子の前で死にたくない」
「……ああ。いいぜ」
ジャックとクイーンは児童養護施設を後にする。サンがクイーンに向かって大きく手を振っている。
「おねぇちゃん! すぐもどってくるよね?」
クイーンも大きく手を振り返す。
「うん! きっと! きっと!」
直ぐに顔を手で覆うクイーン。
「いきましょ」
ジャックにそう伝えて、二人は林の中へと消えていった。




