episode 153 「怒り」
いくら組織のエージェントとその一番の部下とはいえ、たった二人で挑むには千という数は多すぎた。
あっという間にボロ雑巾のようになる二人。港でのレイリーによる大量殺人以来、兵士たちの中には組織に対する憎しみが増していた。いくら手を尽くしても実態のつかめない組織。その釈然としない怒りをぶつけるかのようにティーチとアンは徹底的な破壊を受ける。
もはや動くことすらままならないティーチに語りかけるローズ。
「組織とは何だ。お前たちは一体何をたくらんでいる?」
鼻で笑うティーチ。
「答えるとでも? お前とて分かっているだろう。無駄な質問はやめろ」
「お前たちは下がっていろ」
ローズは他の部下を下がらせ、ティーチの首もとに剣をあてる。
「答えろ。私には軍を、民を守る義務がある。どうせ貴様は死ぬのだ、最後に人助けをしたらどうなんだ」
「それは俺も同じだ。そんなに知りたければ乗り込むといい。お前たちが探していたケイトもそこにいる」
「何だと!? 貴様、詳しく聞かせろ!」
ティーチの体を激しく揺さぶるローズ。ティーチは笑みを浮かべたまま何も答えない。結局ティーチは死ぬまで口を開かなかった。
アンは辛うじて息があるものの、既に意識はなく、若い兵士たちのいいおもちゃにされていた。
「おい! 早くこっちに回せよ! 生きてるうちにやれることやっとこうぜ!」
若い男たちがアンを取り囲む。
「まずは俺だ」
「ずるいですよ軍曹!」
「うるさいぞ伍長! ごちゃごちゃと……」
男たちの間に割ってはいるローズ。そして今まさにアンを強姦しようとしている軍曹を思い切り殴り飛ばす。
「失せろ下衆ども」
ローズの殺気をまとった一言に男たちは散り散りになって逃げる。ローズはアンを拾い上げ、近くにいた女の兵士に預ける。
「この女は貴重な情報源だ。決して殺すな。直ぐに医療班に引き渡せ」
「は、はい!」
女の兵士はアンを背負い、戦場を後にする。
ローズの部下によってようやく解放されるレイアたち。リザベルトは満足そうに笑うティーチの死体を見つめる。
(こうなることは分かっていたはずだ。そこまでしてお前はあの者たちを救いたかったのか?)
リースはローズの姿に震えていた。
「あんなに怒っている大佐、初めて見ました」
ローズはレイアたちに声をかけることなく、火の鎮火へと向かった。
イバルは波に揺られながら船の上で目を覚ました。彼の記憶はジャンヌに叩きのめされたヴァルキリア邸で途切れており、訳のわからないままボロボロの体を起こした。船室の扉を開け、甲板へと出るとうなだれるレミィとバルトの姿があった。
「レミィ、バルト。一体何があったんだ?」
「イバル、生きてたのね。よかった」
レミィが元気なく答える。バルトは何も答えずイバルに肩を寄せる。
「どうしたんだ二人とも。ティーチ教官はどこだ?」
ティーチの名が出たとたん二人から醸し出される空気はさらに淀んで重くなる。
「教官は……多分死んだわ」
レミィの口から出た言葉にバルトは泣き出し、イバルは驚いて尻餅をつく。
「なっ! なぜだ!? 殺されたのか? 誰に? どこで? そもそも多分とは何だ!」
気が動転するイバル。レミィも涙を浮かべながらイバルが気を失ってからの事を語り出す。所々言葉が詰まるが、イバルの方もまともには聞いていられなかった。
「直ぐに引き返せ! いくら教官とアンが強いとは言っても相手も戦いのプロだ。結果は目に見えている!」
「そんな事は教官も私たちも分かってる! でも教官はこの道を選んだのよ! 自分を犠牲にしてでも私たちを助けたの! 今ここで戻ったら教官を裏切ることになる!それだけは嫌!」
普段は冷静で物静かなレミィが声を張り上げる。
レミィは五人の中で一番の古株だった。必然的にティーチと過ごした時間も一番長い。両親の顔を知らないレミィにとって、まさにティーチは父親だった。
やるべき事をやれ。その言葉がレミィの頭に残る。
「イバル、あなたは私たちのリーダーよ。あなたが行き先を見失ったら私たちは先へは進めない。今やるべき事を見極めなさい」
「レミィ……そうだな」
「頼むぜリーダー!」
レミィとバルトはイバルの肩を叩く。
「俺たちのやるべき事を一つ。本部へ戻り、エクシル様を説得する。エクシル様の事だ。いくら教官が言伝てしたとはいえ、裏切り者のケイトにまともな対応をしているとは思えない」
「説得できなかったらどうするんだよ」
バルトが尋ねる。
「その時は、必ずケイトの命を守る。たとえその結果組織を裏切ることになってもだ」
イバルは真っ直ぐ先を見つめる。船は組織本部のある小島へと向かって進み出した。




