episode 146 「牢」
アン、レミィ、バルトの三人は軍の施設へと連行された。そこには様々な人物が収監されており、見知った顔もあった。
「イバル! スパーダ!」
レミィの声で仲間のもとへ駆け寄る三人。
「何をしている! 列を乱すんじゃない!」
兵士たちに取り押さえられ、先へと進んでいく。どうやらここは医務室のようだ。イバルとスパーダは未だ意識不明のようで、懸命の治療活動が続けられている。ひとまず二人の姿が確認でき、一安心のレミィ。
三人はそれぞれ別々の小さな牢に閉じ込められる。
「変な気は起こさないことだな。ここは軍直属の留置場。常に千人の兵士が待機している。死にたくなければ刑が確定するまで大人しくしていることだ」
そう言って三人を連行した兵士は持ち場へと戻っていく。
「……ここが軍の施設ですか。とてつもなく劣悪ですね。組織のタコ部屋の方がよっぽど快適です」
壁にはコケが生え、所々にネズミの死骸が転がっている環境に早速文句を垂れるアン。それに対してはレミィもバルトも同感だった。
「確かにひどい有り様ね。病気になりそう」
「ま、牢なんてこんなもんだろ! 問題は飯だ! モルガントの飯はなかなかの物だって聞くぜ?」
ところが期待するバルトを待っていたのはまるで豚の餌だった。
「……おい」
食事を運んできた兵士を睨み付けるバルト。
「何だ? 不満でもあるのか? ここは軍人が支配する国モルガント帝国だ。俺たちにたてつくとろくなことにはならないぞ?」
兵士はナゲットを取りだし、バルトに見せびらかすように口に運ぶ。
「てめぇ、顔覚えたからな……」
バルトは鉄格子を握りしめる。
「はっはっは! じゃあお前は死刑にしないとな!」
高笑いする兵士の肩に手が乗っかる。
「刑を執行できるほどお前は偉いのか?」
手を払いのける兵士。
「誰だお前は! 俺をベルン少佐だとしって……ヴ、ヴァルキリア大佐!」
「久しいな。下がっていろ。私はこいつらに用がある」
「し、失礼しました!」
兵士はローズの登場にあわてふためき、すぐに去っていった。
「さて、お前たちには聞いておくことがある。組織とは何だ?」
ローズは三人から見える位置に腰掛け、疑問を投げ掛ける。
「組織は組織。それ以上の答えは無いわ」
レミィが答えるが、当然そんな答えでは納得できないローズ。
「具体的に答えろ。エージェントとは何だ? 何人いる? 全員殺し屋なのか?」
「質問が多いわね。いったい何を必死になっているのかしら」
組織の殺し屋、ゼロ。彼と出会ってからローズの環境は大きく変わった。殺し屋レイリーの襲来、元帥イシュタルとの戦い。何度か死線も越えてきた。だからどうしても知る必要があった。組織について。
放っておけばモルガント、そしてヴァルキリア家にも被害が及ぶ可能性がある。それだけは避けたかった。
アンとバルトは口を開かなかった。しゃべるわけにはいかないし、そもそも二人とも組織について詳しいことは何も知らない。一番の古株、レミィもエージェントの名を数名知っているに過ぎない。
「知りたいのなら教官に聞くことね。もっともその教官はあなたたちの為に行動中だけれど」
ローズは何も聞け出せないことを悟るとスクッと立ち上がる。
「いいさ、時間はたっぷりある。環境改善は私が何とかしよう。お前たちに死なれては困るからな」
ローズはその場を立ち去る。
「あいつの言葉、信用できるか? 本当にうまい飯は出るんだろうな」
「知らないわよ」
「私はこれでも充分ですけどね!」
アンは干し草のようなものをむしゃむしゃ食べる。
「マジかよ……お前一応女だろ?」
アンの牢から聞こえる咀嚼音に驚愕するバルト。恐る恐る草を口に運ぶが、青臭くてとても食べられたものではない。
「うげぇ! 草だこれ! ただの草だこれ!」
バルトは草を吐き出す。
「我慢しなさい。たとえ不味くても食べなきゃ。いざってときに動けなくなるわよ」
レミィは無理やり草を口に運ぶ。
(これはバジル、これはバジル、これはバジル)
自己暗示でなんとか乗り切る。
「くそが!」
無心で草を貪るバルト。しばらく機嫌が非常に悪く、それは夕飯時にローズが暖かいシチューを持ってくるまで続いた。




