episode 143 「救出作戦」
レミィとバルトは歩きながらジャンヌの事を思い出していた。
孤児として組織に拾われ、十数年文字通り死に物狂いで殺しの技を磨いてきた。ジャンヌとの戦いは、いや、戦いにすらなってはいなかったが、今まで体験したことのない未知の領域だった。
「あの女が屋敷にいたらどうするよ。正直俺たち三人でかかっても勝てるビジョンはまったく浮かばないぜ?」
バルトが身を震わせる。それはレミィも同じだった。
「そうね。でもあの女は敵である私たちを殺そうとはしなかった。簡単に出来るはずなのに。所詮は甘い人間よ。私たちとは違う。きっと付け入る隙はあるわ」
「どうだかな。教官に脅しをかけるような女だぜ?」
二人がジャンヌについて語っていると、気を失っていたアンが目を覚ました。
「うう……」
「げっ! もう目を覚ましやがった!」
武器は取り上げてあるものの、身の危険を感じ、離れるバルト。
「バルト……さっきはよくもやってくれましたね」
「わ、わりぃ。けどよあのままじゃ教官が殺されてたかもしれねぇぞ」
「教官!」
アンは辺りを見渡す。すでにここにはリザベルトたちもティーチの姿もなかった。
「ここはどこですか! 教官は!」
「ひぃ!」
アンが恐ろしい形相でバルトを睨む。
「教官が身動き取れないのはきっとイバルとスパーダのせいよ。だからまずはあの二人を確保する」
怯えきったバルトの代わりにアンに説明するレミィ。
「……そういえば教官もそんなことを言ってましたね。なるほどわかりました」
レミィの話を聞いて落ち着くアン。
「では急ぎましょう!」
「お、おい!」
駆けていくアンを追いかけるバルトとレミィ。
屋敷は以前とは変わって、人の気配で溢れていた。
「すごい人の数ね。これ全部兵士なのかしら?」
レミィが冷や汗を流す。
「いえ、そんなに強そうな気配は感じませんね。ほとんどが使用人だと思いますよ」
「そうなのか? 俺そういうのよくわかんねーんだよな」
「とにかく行きましょう」
アンは正面の門を勢いよく開ける。アンの予想通り屋敷の中の気配は使用人たちのものだった。見知らぬ三人組の登場にポカンとする使用人たちのたちだったが、すぐにただの客ではないことを悟り、皆屋敷の奥へと避難していく。
「ね? 言った通りだった。さ、二人を探しましょう」
「そうね、あの女が出てこないうちに用を済ませましょう」
コツ、コツと足音が屋敷の中に響く。ガシャン、ガシャンと金属音のような音も聞こえる。
「くそ、もう出やがったか!」
三人は物陰に隠れ、音の主を待ち構える。
現れたのはジャンヌではなかった。彼女とは違い黒髪で、彼女とは違い全身に鎧を纏っている。
「なんだ、あの女じゃないじゃないですか」
アンは物陰から姿を表す。
「お前か、姉上が言っていたのは。まさか本当にこの屋敷に来るとはな」
「姉上? ああ、あなたもあの女の妹ですか。ならすぐに逃げ出すことをオススメします。私、少々気がたっていますので!」
アンはいきなり斬りかかる。
「話はまだ途中だ。話によればリザベルトを傷つけ、姉上の手を煩わせたそうだな。おまけにケイトをさらった。気がたっているのはこちらを同じだ」
アンの剣を受けきり、攻撃を仕掛ける。簡単に自分の剣が受けられたことに驚きを隠せないアン。
「やりますね。私はアン。あなたは?」
「ローズ。ヴァルキリア家次女、ローズ・ヴァルキリアだ!」
二人は距離をとる。先ほどの鍔迫り合いで互いの力量を把握した為か、簡単に動こうとはしない。
「レミィ、バルト、あなたたちはイバルとスパーダを探してください。下手に手出しされると邪魔です」
アンは仲間たちに背を向けた状態で命令する。
「な、一応俺たちに上下関係はねぇーんだぞ!」
「バルト!」
騒ぐバルトを引っ張るレミィ。二人は距離その場を離れる。
「いつまでも人質たちをこの屋敷に置いておくと思うか?」
「やっぱり人質に取られてたんですね。でももうそんなことはどうでもいいです。あなたを叩きのめせれば!」
仲間も人質もティーチのことさえも忘れ、アンはただ、目の前の強敵を打ちのめすことだけに全神経を集中させていた。




